毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

没頭は、人を自分だけの無限の世界に導く。

人は、何かに集中することができます。今取り組んでいることに深くコミットすることができます。

 

その間、自分は自分の世界に没頭しているのです。

 

その没頭は完全に自分だけの世界であり、自分だけの世界でありながら、無限の広がりを感じる世界です。その世界の中で、自分は深いところまでダイブして探索して、掘り続けているのです。

 

その静かな空間では、自分の意識は研ぎ澄まされ、心も静まり切っていて、音もなく、無の世界です。

 

その世界の中で、無心にただ、目の前のことに取り組み続けているのです。

 

この空間は自分だけの空間であり、無限の広がりを感じながらも、快適さそのものです。

 

快適な空間であり、時間であり、永遠に感じられるほどの世界です。

 

人はそのようにして、無心に取り組む没頭の力を持っています。没頭は、人を無にし、研ぎ澄まします。

 

一方で、現実世界は、情報も多く、人も多く、混沌としていて、複雑で未知で、その意味で、不自由な世界です。

 

そのような中で、人は影響を受け、振り回されながらも、同時に、自分の中に世界を作り出すのです。

 

自分だけの、無重力の空間を作り出すのです。その世界は、時間にも無縁な、永遠の時の世界です。

 

人間の意識は、極限にまで、あるいは、先端にまで、そして、その一点にまで研ぎ澄まされます。

 

自分の目で見る視点の先の、一点に意識は集中されるんです。

 

この世界では、人は自由です。自分で作りだした空間の中で、人は自由自在に動き回り、探したいものを追求し、掘り尽くして、また、生み出せるまで生み出し切るのです。

 

周りがいかに騒がしかろうとも、混沌としていようとも、自分の意識をこの世界に投入して、自分だけの世界で無限な自由を感じるのです。

 

意識が極限にまで集中されたならば、人は時間からも解き放たれ、静けさの中で、無の世界に没頭するわけです。

 

没頭は、人を対象へと、また、この世界へと導くとともに、解放をもたらせてくれます。その解放の中で、人は集中して、取り組み続けるのです。

 

永遠の快適さの中で、自分だけの空間と時間の中で自由を感じながら、拡張された意識とともに、自分だけの対象に向き合って、没頭するのです。自分だけの、永遠の世界です。

 

意識は、そのようにして、一点に研ぎ澄まされて、没頭に導かれます。

 

その先に、さらなるポテンシャルがあります。人間の意識はもっと研ぎ澄まされ、かつてないほどの無限で自由な世界を、拡張することができるのです。