人には色んなことができます。考えることも、書くことも、話すことも、見ることも、聞くことも、作ることも。色々あるんです。動詞の数だけ、できることはあるんです。
そして、人は生きていく上で、そのすべてをできなくてもいいんです。
ひとつ、ふたつ、できることが増えたらそれだけでも良いんです。組み合わせたら色んな事がさらにできるようになります。
また、できることの1つの出会いが重要な出会いになることだってあるんです。自分にとっての運命の出会いです。そんな出会いがあれば、その「できること」とともに充実して生きていけるんです。
人は常に、できることを生産し続けています。以前にはできなかった、あるいは、無かった「できること」が、今現在、製造され続けているんです。新しい動詞が生み出され続けているんです。
その「できること」が何の役に立つのか、わからないけれども、常に作られ続けているんです。
できることも、人間にとってはリソースです。役に立たなそうに見えるその「できること」も、使い方次第では、役に立てられるんです。それは、人間の知恵の使い方次第です。
自分にとっての重要な「できること」は、今この瞬間には、存在しないかもしれません。世界のどこにもなく、誰も出来ないことかもしれません。
でも、今すでに存在している「できること」の中から、自分の重要な「できること」を選ぶ必要はないんです。あればそれを使えばいいですし、無ければ、自ら作り出したらいいんです。
人はそのようにして、色んな「できること」を新たに生み出してきたんです。
できることは今なお新たに製造され続け、その勢いは止まりません。
そのように考えると、人は一生のうちに、自分のオリジナルの「できること」を生み出している可能性があります。多くの人は、何かしら「できること」を生み出しているはずです。
人類の進化がこれほどまでに歴史的に起こっていて、かつてなかったものが現在これほどに溢れているわけですから、きっとそのはずです。
いったい自分は今、どんな「できること」を製造しているのか。いったい何に頭を悩ませ、突破できず、立ち止まっているんでしょうか。
きっと、何かを生み出そうとしてできずに、そこに立ち尽くしているんです。
でも、その過程で、人は何かを作り出しているんです。自分でも何を作り出そうとしているのか、わからないものを作り出しているんです。
名前のない動詞である「できること」を今まさに作り出そうとしているんです。