人は、痛みを感じます。精神的な痛みを感じます。つらさ、苦しさ、きつさ、色んな感情を表す形容詞がありますが、それは人間の性質上しょうがないことで、それを完全に無くすことはできません。
むしろ、人間は、様々な感情を感じる性質を持っていて、嬉しい感情や楽しい感情があると同様に、つらい感情や悲しい感情もあるわけで、そのことは人間として普通で自然なことであり、無いと生きていけません。
自分の中で、何か嫌なことを考えるだけで、つらいという痛みを感じます。ただ考えるだけ、ただ想像するだけで。
脳はとても敏感であり、予期せず、ただ思いついて思考を展開させただけで、気が付いたらつらいと感じます。
扁桃体は敏感ですから、嫌な記憶にアクセスすると、すぐに反応して、ストレスを感じ、コルチゾールを分泌し、つらさとともに、脳を疲労させるのです。
困った仕組みですが、それが人間に備わった性質ですから、しょうがないわけです。
人間は、考えるなと言われるとかえって考えたくなってしまう性質があって、そのことを考えるとつらくなると分かっていても、つい考えてしまうわけです。
やめておけばいいのに、気が付いたらまた反芻思考に陥って、つらさに疲弊しているのです。
つらさがまた厄介なのが、つらさを放っておけないということです。
放っておいても大丈夫な程度のつらさもありますが、放っておけないつらさもあるのです。そのレベルに達すると、もう何も出来ず、今日1日すべてを投げうって、気を失わんばかりの状態に陥ります。
つらさはある種の学習でもあり、つらさを感じたければ、いつも苦しくなる記憶を辿り、いつもの負のパターンの思考をすればいいわけです。
そんなことは、わざわざ誰もやろうとはしないと思いますが、やろうと思えばできるわけです。
つらさを身につけていますから、再現できるわけです。
ですが、記憶や思考のパターンを書き換えることができれば、つらさを軽減することも不可能ではありません。
以前はあんなにつらく感じていたことも、今ではあまり感じなくなった。そういうこともあり得ます。つらさを克服することだってできるのです。
つらい感情は、毎日のように感じます。頭の中にある記憶や思考パターンがいつでもつらさを呼び起こします。
それは私たち人間に備わった性質であり、ある意味で、それ無しでは生きていけません。
ですが、つらさに振り回されて生きることもあり得ます。
それはしょうがないことですが、つらさを多少軽減させつつも、それとともに生きざるを得ないわけです。