人間は、いつだって考えることができます。いろんな知識や経験を、考えることに役立てることができます。
人はあらゆることから、考えるための材料をかき集めることができます。そして、材料を上手く使って新しいことを考え出すことができます。
何も考えない日はありません。何も考えずにその日を過ごすことはできません。考えずにはいられないのです。
何か新しいことをしなくても、新しい知識を集めなくても、自分の中にあるこれまでの記憶を呼び起こして、それらを使っていつでも何かを考えることができます。
どうせ何も考えずに過ごすことができないのなら、自分の頭の中にある何かを使って、その時の自分にとって良いように考えるのが良いと思います。
身につけた知識は、考えることに役立てられます。知識と思考を組み合わせて、新たな知識を生み出し、そして、また、その知識を使って考えて、新たな知識を生み出すことができます。
その意味で、知識はいつでもいつまでも新しく積み上がっていきます。
経験も、思考とともに、自分の血肉にしていく事ができます。人間は何をするにも常に考えているわけですから、いろんな経験に、思考を組み合わせることによって、学びが広がり、深くなるのです。
自分の目の前に問題が立ち現れてそれを今解決できないとしても、考えることでいつか解決できます。
今持っている知識では解決できない問題も、その問題を起点に新たな思考と新たな知識を組み合わせて解決するのです。
今の時点でどのように解決するかは分からなくても、自分の思考により乗り越えることができるのです。新しく解決する道を見つけ出すのです。
言葉は考えることを助けます。言葉と思考は相性が良く、言葉を使って考えることもできるし、考えることによって言葉を生み出すこともできます。
今は分からなくても、道が見えなくても、言葉を使って問いを打ち立てることによって自然と思考が回って、道が見えてくるのです。あるいは、道を開拓するのです。
知識も、経験も、言葉も、みな、考えることに生かせます。考えることを増やし、考える質を変えてくれるのです。
どんな問題も、未知なことも、考えることが突破口になります。いつだって人間は考えることができるのです。
人間にとって考えることは、自然なことであって、いつでもできることであり、生きることそのものと言っていいほどです。
生きるために考えるとも言えますが、考えるために生きているとも言えます。考えることは生きることの中心的な活動です。