自分の中で想像することは、自分を行動させていくことの原動力になります。
実際に目の前のものを見なくても、自分の中でそれをイメージすることだけでも、それを実現しようとする原動力になるということです。
人間には、無いものをイメージによる埋め合わせによって、モザイク状のものに明確な輪郭を与えることができます。イメージを作って無い部分を埋めて、あたかも現実にあるかのようにするんです。
この、イメージする力によって自らを突き動かしていけるんです。これが、未来に向かって生きていく力です。
イメージすることは抽象化することでもあり、人間は具体的なものだけではなく、抽象的なものも操ることができるということです。
その最たるものは言葉であり、言葉という抽象物を自在に操ることができます。言葉はイメージとは別物の抽象物ですが、これによっても自分自身を突き動かすことができるんです。
人間は身体から成り立っていて、自分の行為や行動は習慣によって成り立っています。学習によって習慣化した事は自動的にできるようになって、自然と手足は動かせるんです。
歩くことも食べることも、習慣によって自然で行えるんです。
このような具体的な行為だけでなく、抽象的なことに関しても、同じように、身体に基づく習慣によって行うことができるんです。
子供の頃に、何処かで聞いてきて仕入れた、おぼつかない言葉も、いつの間にか自由自在に使うようになって、どんどん洗練させていきます。
言葉は毎日の習慣によって、抽象物であるにもかかわらず、身体の一部のように操るようになるんです。
もちろん、想像することは全般的に、見たもの、聞いたもの、あらゆるものを、想像して、抽象物に変換して、操るようになるんです。拡張された身体の一部として操るようになるんです。
具体も抽象も、人間の身体の延長線上、あるいは、身体そのものと言ってもいいかもしれませんが、身体によって操ることができるわけです。
毎日の言葉は、自分自身をある方向に導き、力強く推し進めます。身体における習慣として、自分を動かしていくんです。
そのようにして、人間は自分自身で色んなことをし、色んな活動を行うわけです。
具体的な何かを実現して初めて何かが為された、と思いがちです。
確かにそれは間違いではないですが、抽象を扱うわたしたち人間にとっては、抽象的な何かを生み出し、操ることが、自分自身を動かしていく原動力となり、それによって実現につながっていくんです。