毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

嫌な事に囚われずに、今意識を何かに振り向ける。

人の意識は何のためにあるのでしょうか。きっと、意識は何かに振り向ける為にあるんです。

 

ぼうっとしていると、気が付いたら何かに囚われています。何かに囚われるのは案外簡単で、無意識にしていると、ずっと何かに囚われ続ける事が出来ます。

 

ただ囚われるままにしていると、気にしている対象は断片から断片に移っていって、終わることなくずっと囚われ続ける事になります。

 

何か嫌な事があると、それに囚われる事はもっと容易になります。昨日までの嫌な事を思い出すと、ずっとその事が頭の中を巡ります。

 

その嫌な事に、ちょっとだけ自分の思考を付け加えるだけで、その嫌な事はいかようにも膨らみ、展開し、いつまでも形を変えながら、自分を捕え続けます。

 

それだけならいいですが、たいてい、それを放置していると、精神的につらくなり、憂鬱さが増し、疲労します。

 

自分自身の持つエネルギーも低下し、何かをしようという気力も下がります。

 

ですから、やはり、それをそのままにしておくわけにはいきません。

 

ただ、囚われるままに囚われ続けるわけにはいきません。

 

そうなる前に、意識を確かにするんです。意識を何かに振り向けるんです。関心を向けるべき何かに、意識を振り向けるんです。

 

音楽が流れているなら、それに耳を傾け、意識をそちらに振り向けるんです。

 

無意識に、ただ解決にもならない嫌な事への囚われを続けるのではなく、どうせなら、関心のある事に意識を向けるんです。

 

よく考えてみたら、関心のある事は色々とあるはずです。大それたことである必要はなくて、ちょっとした関心事でいいんです。その事に意識を振り向けるんです。

 

無意識のままに任せていると、たいてい、昨日までの過去の事を気にし続けます。気にして何か役に立てばいいですが、ほとんど役に立ちません。

 

また、未来に対する不安の事をずっと気にし続けます。気にしても何も未来は変わらないし、そもそもそんな事実現するかどうかすら分からない事を、何度も形を変えて再現しているだけなんです。

 

そんな事をしても、何にも役に立ちません。

 

だから、過去でも未来でもなく、そんな幻想ではなく、今関心を向けるべき事に意識を振り向けるんです。

 

今考えるべき事はあるし、今何かについて考えた方が良いし、そもそも、常に今しかないんです。

 

現実は今どうするか、何をするかですから、その「今」に、嫌な過去や未来に囚われる時間は勿体ないんです。

 

意識を、今、向けるべき事に振り向けるんです。