言葉というものは、基本的には道具であって、最初から備わっていたものではないんです。
人間が生まれた頃からあったわけではなくて、気が付いたら身につけていた道具なんです。だから、言葉はどう使うか、って事です。
人間は概念を扱う事が出来る生き物だから、それは事実だろうが事実でなかろうが、概念を操作する事が出来ます。
それによって、気持ちはネガティブなものにする事も出来るし、ポジティブな事にする事も出来るわけです。使い方は自由です。
ですから、自分の気持ちをポジティブにしたい時は、そのように使うのが望ましいわけです。ポジティブにしたいのにネガティブに使ってしまうのは勿体ない事です。
言葉はすでに自分自身の身体のように張り付いていて、歩く時の足のように身体の一部になってしまっていますから、意識しなくても無意識に言葉を発してしまうんです。
言葉は刺激に対する反応のように、条件反射のように、とっさに出てしまうんです。
だから、意外と、コントロールが簡単なようで、簡単ではないんです。
言葉をポジティブに使ったらいいのに、無意識にネガティブに使ってしまうんです。
ですが、言葉はあくまで道具であって使うものであるわけだから、使い方を変えていくんです。
習慣を修正するように、言葉の使い方を修正し、改善して、上手にしていくんです。
勇気が必要な時は、勇気が出るように言葉は使っていきたいし、元気を出していきたい時は元気が出るように言葉を使っていきたいんです。
人間の概念の領域は、小さくありません。日々、概念の世界を生きない事はありません。私たちの世界は、概念の世界であり、概念の中に居て、概念を使い、概念の影響を受け、概念とともに生きているんです。
概念無しに生きていく事はもはやないし、概念に縛られて生きているとも言え、また、概念とともに自由に生きているとも言えるわけです。
概念を操作し、概念に操作される。そんな、概念の世界を生きているわけです。
ですから、言葉を操作し、言葉によって操作される。そのような中ですでに人間は生きていて、文明の中を生きる人間はその世界でいかにより良く生きていくか、考えないといけないんです。
言葉との付き合いは、この先も止める事はありません。概念の世界の中に暮らして、言葉を操作して、概念の世界を変え、そして、言葉を通じて操作されるんです。
そのような世界をリアルな世界として、もはや現実の世界として生きていくんです。