毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

散漫さに気付いて、意識を集中させる。

頭が散漫になる事なんて、放っておけばいつでもできるわけだから、意識する事は、意識を集中させる事です。

 

気が付いたら、ある考えに囚われて、勝手にネガティブになってしまうわけだから、その事に気付いたら、即刻その考えは止めるべきです。自分の考えている事には、いつでもメスを入れるべきです。

 

集中する事に得意な人は、そんな事に気を付ける必要は無いと思いますが、すぐに散漫になる人はそうはいかないんです。

 

目の前の事に集中する事は、意識的にやらなければできないわけですから、その工夫は必要です。放っておくと、集中した状態から容易に散漫状態に遷移していきます。

 

そもそも、意識を集中させる、という事にエネルギーが必要なんです。ですが、一方で、集中させていた意識は、容易に、散漫な方に分散していきます。エネルギーは高い方から低い方に流れていくんです。

 

頭が散漫なままならまだいいですが、たいてい、考える事はネガティブになりますから、良い事はありません。散漫な状態を放っておくことはできません。意識を集中させる必要があるんです。

 

散漫である事に気が付いたり、意識を集中させたりする為には、自分の状態を客観的に見る事が必要です。

 

自分自身に対して、自分が客観的でなければ、自分の状態に気付けないわけです。ですから、いつだって、自分を見ていないといけないわけです。

 

客観視するにもエネルギーを必要とします。とにかく、人間は高コストですから、何をするにも、より良くあるためにも、エネルギーが常に必要なんです。

 

自分自身を客観視して、自分の状態にいつも気付くように、絶えずエネルギーを使う。絶えず火を絶やさないように火をくべる、という事です。

 

確かにそれは大変な事です。ずっとエネルギーを費やさないといけないわけですから。ですが、もちろん、休憩はしていいんです。ずっと、自分に意識を向け続けないといけないわけではありません。

 

気を抜いて、休憩しつつも、気が付いたら、頭は散漫になるわけです。散漫な状態を放っておくと、気が付いたらネガティブな状態に流れていきます。

 

ですから、その事に気が付いたら、すぐに意識を向けて、その状態を回避するんです。

 

そして、自分自身に意識を向けて、客観的になって、意識を集中させるんです。エネルギーがかかりますが、意識を振り向けるべき事に向けてあげるんです。考えるべき事を考え、今やるべき事をやるんです。

 

散漫な自分に気が付いたら、いつでもメスを入れて、意識を集中させるんです。