毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

散漫さを脱却して集中力を高める。

散漫さは大敵であるわけです。人は疲れてくると散漫になって、色んな事が気になって、物事に集中できなくなるのです。

 

散漫でいると、気が付いたら、周りの事にすぐに意識が持っていかれてしまいます。そして、あれこれ考えてしまって、気が付いたらネガティブな思考になっているわけです。

 

そんな事になるくらいだったら、ゲームでも何でもやって、とにかく意識を何かに囚われるようにした方が良いわけです。

 

意識はその意味で集中されている方が良く、意識がぼやぼやして、ただ周りに反応するだけ、振り回されるだけでは、よくありません。

 

そうなってしまうと、思考やマインドはネガティブになって、散漫に、そして、いつまでも、自分にとって何にも良くない思考を継続してしまうわけです。その状態を放っておくと、疲れて果ててしまいます。

 

そして、周りの事に気を取られ、比較ばかりし、たくさんの羨ましさに苛まれ、幸せ感も遠のくわけです。

 

こんな状態は全然良くないわけで、その意味で、反対の状態である、集中する、という事は非常に重要であるわけです。

 

集中力を維持する、あるいは、高めるためには、身体の状態はとても重要です。

 

身体の状態が悪い時に、集中力を高めようとするのは、そもそも無理があります。集中力は、今すぐ高めようと思って高まるものではないんです。

 

集中力は、身体に凄く基づいていますから、身体の状態を良くしておく事、良く保っている事が欠かせないわけです。

 

身体の状態を良く保っておこうと思ったら、それを実現する為には、1日や2日での対応では難しいわけです。身体の状態を良くキープする事は、何かと時間が必要なのです。

 

身体の状態と習慣は非常に関係が深くて、身体の状態を良くするためには、習慣として取り組まないといけません。

 

少しずつ取り組んで、身体の状態を習慣によってより良くして、その状態を時間をかけてキープするんです。身体との良い付き合いには、時間をかけないといけないんです。

 

そのように、身体にアプローチする事によって、集中力を高めるんです。そうでないと、散漫なままです。その状態をコントロールしようなんて言うのには無理があるわけです。

 

意識を集中させるというのは、自分をコントロールするということでもあります。自分をコントロールできないと、容易に意識は散漫になり、どこかに漂い、ネガティブさと不幸せさに苛まれます。

 

人間は集中力によって、散漫さを脱却して、自分をコントロールするんです。