この世界は不確実でギャンブル的な世界。私たちはそのような世界に、私たち自身の意思に関係なく放り投げられています。
そもそも、人間がまだ存在しなかった古来の時代でも、世界は不確実であったわけで、現在の世界はその連続性の上に立っています。そして、私たち人間は、ますますこの世界を不確実な、ギャンブル的な世界にしているのです。
人間の認知の性質上、「今」しか見えないですから、これから先のことは分かりません。だから、常にこれから先のことについて未知であり、どうなるか分からない世界であり、不確実な未来を抱えているのです。
そして、「今」を生きているからといって、未来のことが関係ないわけでありません。未来に対しては、備えることが可能です。
未来は、単に未知であるだけでなく、危険が潜んでいて、安全ではなく、自分の身に何が降りかかるか分からない何かが潜んでいます。
ですから、それらに備えるか備えないかは大きな違いであり、ほとんどの場合、人は未来に備えるのです。
ですが、未来は未知ですから何が起こるかが今の時点で決して分かりません。ですから、予測をしてそれに備えるのです。
予測は外れるかもしれないし、当たるかもしれません。ただ、いずれにしても、予測をして備えていた方が生存確率は上がるのです。
そのようにして私たちはみな、この不確実な世界の中で、不確実な振る舞いをするのです。そして、私たちどうしで、不確実性を高め合っているのです。
それは、ギャンブルの世界や、経済や市場、株や投資の世界だけではありません。
わたしたち自身が不確実な行動と生き方をしているわけですから、あらゆる分野や領域で、人間社会のすべての場面で、不確実でギャンブル的なのです。
常に、明日どうなるか分かりません。
今日どのように過ごすかで、明日の過ごし方が変わるかもしれません。そもそも、自分自身の過ごし方に関係なく、自分の明日の過ごし方が変わるのかもしれません。
常にこの先何が起こるか分からない不確実な世界ですから、大胆に行動して何か自分自身に大きな変化を起こすことも可能であり、同様に、誰かの行動が大きく自分の行動に影響を与えるのです。
諸行無常とはよく言ったもので、まさに、不確実な世界に当てはまっています。常に同じ状態はなく、変化し続けているのです。
人間である限り、世界は常に不確実でギャンブル的な世界であり、自分自身もそのようにして生きていくのです。