毎日の哲学の断片をつづるブログ

日々哲学することを習慣とし、思考と言葉をつづる

人は「自分はできる」という感覚を求めている。

人は「手応え」を求めています。自分が何かやった分だけ返ってくるという感覚を求めています。これが、「自分はできる」という感覚です。

 

この世界は、「自分はできる」を持つことを生きていく上で大切です。それがこの世界で生きていく自信になります。歩けば前に進む。この感覚が、歩いていくことを確かにしてくれます。

 

この世界と言うとき、現代社会ではたいていの人にとってそれは人間社会ということになるので、この人間社会の中で「自分はできる」という感覚を獲得しようとします。それがないと怖くてしょうがないからです。

 

社会的な何かを持っていないと、この社会が恐ろしくて生きていけないのではないかと感じるのです。だから、どうしても他の人と比較をしてしまいます。比較をして、自分の方が「できる」、あるいは「できない」、の間を行ったり来たりして、たいていは苦しんでいるわけです。

 

この世界、人間社会はずっと比較の世界です。比較の世界の中で、比較による価値を高め、同時に比較による価値を低めるわけです。その中で人はもがきながら比較による優位を獲得しようとするのです。これにより、この社会での生存確率を高め、維持するのです。

 

人間は、「自分はできる」という感覚を必要としていますから、比較の世界では常にこの感覚を獲得することで自分を支えています。自己効力感のことであり、自信のことでもあります。このことに支えられなければ、怖くてそこに立っていられません。

 

ですが、人間は、「自分はできる」という感覚は別に他の人との比較によってでなくても獲得できます。

 

料理を作る。文章を書く。本を読んで内容を理解する。車の運転をする。そういったことは他の人との比較でなくても、できるという感覚を獲得できます。そのようなフィードバックを感じます。

 

そして、自分なりに納得のいく料理ができると満足が得られます。そして、喜びが得られます。同様に、本を読むと自分の理解が深まり豊かに感じられます。他の人との比較でなくても、この世界にあるものとともに、比較無しに十分に「自分はできる」という感覚を獲得できるのです。

 

この世界には、どこにでも手応えのある何かがあります。その何かは自分しだいですが、その対象にそれなりに向き合っていれば、何かを返してくれます。その手応えを大切にするのです。

 

自分のその手応えの中に、きっと自分を満たしてくれる感覚があります。自分はできるという感覚だけではなく、満足や喜び、豊かさ以上の何かがきっとあります。