人間は、何かをする生き物です。その「何か」は人それぞれですが、その何かを、人はそれぞれしているわけです。
自分には、出来る事もあれば、出来ない事もあります。出来ない事はいかようにも出来ませんが、出来る事は出来るわけです。人はそれを自分事としてやって、生きていくわけです。
一体、自分は何をするのか、そして、何が出来るのか。きっとそれは今すでにやっていることかもしれません。
何気にやっている事が、確かに自分がする事であり、出来る事であるわけです。
何もしないわけにはいきません。何かはきっとやっているわけで、その何かをやる事で、意外と自分は生かされているわけです。
別に、自分がやっている事を、人に見せびらかす必要はないんです。ただ、自分がそれをやり、それが出来れば、それだけで十分なんです。
それをやる事で、自分が成り立つんです。自分がただそれをやっているんですが、逆に、それをやる事で自分が成り立つんです。
それをやらなければ、まるで自分が失うような、そんな事を習慣のようにやっているわけです。
自分自身とは何者かと問われても、よく分からないわけですが、自分はそれをやっていて、それをやっている者だ、という言い方はできるのかもしれません。
その「何か」は大それたものである必要なんて全くありません。自分がそれをやり、それが出来、そして、その事によって自分が成り立つ、そういったものであれば十分なんです。
自分の身体は、それをやっている事で成り立っているのかもしれません。それをやっていなければ、そんな顔つきでもないし、そんな身体つきでもないし、そんな姿勢でもないかもしれません。
それをやる事が、自分を作っているんです。
もちろん、だからと言って、それを必ずやらないといけないわけではないし、いつだって違う事をやったっていいんです。
違う事をやれば、また自分は違う人間になるわけで、人間はそのくらい変幻自在であるわけです。やる事に、また、出来る事に、縛られる必要なんてないんです。
自分を変えたければ、やる事を変えればいいんです。自ずと、自分がやっている事に自分自身がそれになっていくわけで、やる事を変えれば、当然自ずと自分自身もそれに従って変わっていくわけです。
とは言え、人は、どんな些細なことであって、何かをし、出来る事をやっているんです。それで自分は確かに成り立っていて、それとともに生きているんです。
そして人は変幻自在なんです。