人間はものづくりをする生き物ではあるわけですが、具体的なものを作るばかりではなく、抽象的なものを作ってきました。
そもそも、言葉は抽象的なものであって、抽象的なものとしての言葉をずっと使ってきたわけです。現代は、言葉を使わない日は無いわけで、抽象的なもののない生活はあり得ないわけです。
意味もそうで、人は常に意味を生成しています。何につけても意味を見出し、意味を感じて安心するわけです。意味がないと不安になり、意味があると納得するわけです。
意味のないことはやりたくないし、意味があるならやっても良いと思えるわけです。
その意味で、概念は抽象的なものであり、概念というものを人は常に想像しながら、思い描きながら、作り出してきたわけです。
いったい哲学者たちが何を作ってきたのかと言えば、要するに、概念を作って生きたわけです。
また、人間が創造してきた偉大なものとして、お金があるわけですが、人はお金を見て即座に価値を感じます。
お金は概念の代表的なものであり、抽象的なものの代表的なものであって、そして、意味があって価値があるわけです。
お金は、株式や、債券や、いまや不動産など、あらゆるものに形を変えながら、ますます抽象物でありながらも、人間たちの間では価値が確かなものになりつつあります。
人は意味がない事に耐えられず、自分を支えられず、だから、物語に支えられるわけで、人生という物語がこれから先も生きていくことも支えてくれるわけで、そして、その物語も、自分の作り出した抽象的なものであるわけです。
もちろん人は、具体的なものに囲まれて生きていて、具体的なもの無しに生きることなどできないわけですが、抽象的なもの無しに生きていく事も出来ないわけです。
常に、意味を生成し、抽象を創造するわけです。
この世の中の多くの人工的なものは、建築物であったり、物質的なものであったりするわけですが、同様に、抽象的なものでもあるわけです。
抽象物とは、人工物に他ならないわけです。
人は常に抽象的なものを創造し、人工的なものを創造しているわけです。自分の中の想像が創造物に形を変えるように、意味を見出し、形をつけて、抽象的な概念を創造するわけです。
それらは、お金の概念のように、わたしたち人間にとっては、効力があるわけです。
人は、日常的にものに囲まれて、具体的なものとともに生きて、そして、抽象的なものを自ら創造して、それとともに生きているのです。