情報とはいったいなんだろうか。情報は確かにたくさんあって、この世界には溢れかえるほどあります。
自分にとっては、その溢れかえるほどにある情報を、有効活用できるかどうか。それにかかっています。
その情報を有効活用できれば、それは自分にとって有用であるし、有効活用出来なければ、それは有用ではないわけです。情報が有用かどうかは、自分しだいというわけです。
その意味で、情報が溢れかえるほどあります。どこにでもあるし、活かそうと思えばいくらでも活かせます。
むしろ、人間があらゆるものを情報にするのであって、無用のものと放っておけばそれは単なるなにかでしかないわけです。情報であるかどうか自体が、自分によるということです。
だから、情報なんてものはどこにでもあるし、自分がそれをどう情報として仕立て上げ、どう活用するか、本当に自分しだいということです。
そのように考えると、情報はどこにでもあるわけですから、無理にかき集めようとせずに、自分がそれらをどのように活かすか、ということであって、その意味ではどう活かし、どう考えるか、頭の使い方が重要、ということかもしれません。
自分の頭を上手く使えれば、自分のそばにあるものを情報にして、情報という資源にして、材料にして、活用するわけです。
きっとなにかできるはずです。何でもないもの、有用だとも気付かない、取るに足らないものも、自分の頭の使い方しだいで、いつでも有用な情報として活用できるわけです。
常に、足りないなんてことはないんです。活かそうと思えば活かせるものなんてどこにでもあるんです。
価値のないものを価値あるものに仕立て上げるのがわたしたち人間であり、わたしたちのできることなんです。
価値は自分にとってでしかないし、他人に価値が感じられなくても自分に価値が感じられるなら、それは価値があるのだし、価値づけるのは自分なんです。
情報に価値があるかどうか、有用かどうかは、自分しだいであり、どの情報にも基本的には価値や有用性のポテンシャルがあるんです。
その意味で、わたしたちは何でも作り出すことができます。それに有用性を与え、それに価値を与える。そういうことを、私たちはできるんです。
どこにでもある何かしらを拾い上げて、それを情報にして、資源にして、材料にして、活かすんです。
有用なものかどうかはわたしたちしだいであり、いかようにも価値を作り出せるんです。
その意味で、何かありさえすれば、何でもできるんです。