退屈さというのは、非常に煩わしく感じられます。ですが、これは身体からのサインであり、悪いとは言い切れません。自分の身体が発する何らかの正しいサインなんです。
退屈さは不快ですから、そのままにしておきたくないわけです。じっとしていられないわけです。何とか今のこの不快な状態から脱したいわけです。
これは、身体の正直なサインです。正しい訴えです。きっとこのままでいるのが嫌なんです。
だから、何とかこの不快な事態を解決しなければなりません。解決してあげなければ、身体にとってはつらいわけです。身体からしてみれば、何とかしてくれという叫びであるわけですから、何とかしてあげないといけないわけです。
退屈さというメッセージは、身体から訴えかけられ、今の事態からすぐさま抜け出すように促してくるわけですから、それは差し迫っていて、時間を圧縮してくるわけです。
時間とは酸素のようなものであり、窒息しそうですから速く水面から顔を出したいわけです。
退屈さは、時間を圧縮し、時間を感じられないように促していきます。それはまるで、酸素のない状況から速く脱出することを促してくるような感じです。
たいてい、退屈さを感じている時というのは、時間を感じられていないんです。時間はあるはずなんですけど、時間を感じられないほど余裕が無いんです。
ですから、退屈さを感じたら、まず呼吸をして酸素を取り込んであげる、ということです。時間を意識的に感じるということです。
時間とは、余裕であり、ゆとりであるわけです。マインドが、欠乏マインドになっているということです。
ですから、案外、時間がない状態になっていた自分に気付いて、自分には時間があるということを認識することが、退屈さを解決するんです。
人間は、自己認識によって時間を作り出すことができます。
ずっと周りに囚われて、自分を認識していない状態というのは、頭が常に忙しく、マインドレスの状態になっているということです。
その状態が続くと、身体は無酸素状態のようになって、酸素を要求してくるんです。それが、退屈さとして現れるんです。
つまり、退屈さは、時間が無いということのサインなんです。ですから、時間を取り戻してあげればいいんです。
時間は無意識には作り出せません。意識的に、自分を取り戻すことによって時間は生まれます。自己認識が大切なんです。
時間を感じるとは自分の時間を作るということであり、余裕を作り出さなければ、身体は退屈さを発するんです。
ですから、自分の時間を作ってあげるんです。