人は、基本的に、自由に向かって生きている生き物だと思います。人というより、人類という言い方をした方がいいかもしれません。
自由というのは、仏教の場合、自分に依って立つという意味になるわけで、言い換えると、自立みたいな意味で、自立する事に向かって生きる、みたいな意味合いでもあります。
逆説的には、人はそもそも独りでは生きていけない生き物であって、それは人間以外の他の動物も同じです。独りで生きていく事はそもそも難しく、むしろ、他の人に依存しながら、他の人に支えられながら、生きていく生き物ではあるわけです。
そのような前提を踏まえて、それでも、人は自分一人で生きていけるように、生きていくわけです。
赤ん坊として生まれた時は、人は自分の力では絶対に生き抜けないわけで、確実に、他者を必要とします。そこから、人の生は始まります。
ですが、発達とともに、成長とともに、人は徐々に一人で生こうとするわけで、十分な年になったら、出来るだけ、一人で生きていけるようになるわけです。
それは、物理的に、一人で生きていくという事だけでなく、精神的に、心理的に、自分で自分を支えて生きていくという事です。
人類の歴史は、そのように、個人で生きていけるように、枠組みを作ってきた事を示しています。現在の社会システムも、個人を尊重して、生きていけるように、作られてきたわけです。まだ、十分ではないかもしれませんが、そのようになってきています。
国家の枠組みにしても、特に先進国においては、国民から成る国家であって、国民主権であるわけであって、国民一人一人が尊重されることは基本であるわけです。
かつての、王国や帝国の時代とは違います。国民国家なわけです。
経済のシステムも、かなり発展してきました。資本主義経済も発展してきた1つの形態であって、企業活動は国家に依存しない重要な個人の活動の集合なわけです。
資本主義経済は、人間の組織の構造上、ヒエラルキーを形成しやすいですが、本来は、個人の起業から始まるわけです。それが大きくなって大企業にまで至るわけですが、基本は一個人による起業です。
これも、人は個人で生きていけるシステムを作ってきた結果、可能になったシステムです。元々あったわけではありませんが、ここ数百年の間に出来たものです。
あらゆる分野で、人は、自分に依って立つ自由な生き方が出来るようになってきます。人類が、歴史の積み重ねにより実現してきたものです。
まだ、発展途上です。ですが、これからも、人はもっと自由を目指して生きていくと思います。