毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

ただ休むより、ジャーナリングに没頭して回復する。

没頭することが大切とよく言われる昨今。ジャーナリングもそのひとつと言えます。

 

日々、やらないといけないことがたくさんあって、そして、ストレスを感じたり、逃げたくなったりするわけです。ですが、それらのことについていつまでも何とかしようとしたり、考えたりしていても、うまくいかないんです。

 

そんなことを続けていくと、問題を解決するどころか疲れてしまって、気が付いたらどれも解決しないままになってしまうんです。

 

だから、たまには休みたい。週末にはゆっくりしたい。そのように思うわけですが、ただ休んでいても、頭の中では案外ずっとやらないといけないことを考えたりしていて、全然頭は休まっていないんです。

 

頭が休まっていなければ、きっと身体全体も休まっていないんです。

 

だから、単に、ゆっくり過ごそうとするのではうまくいかないんです。

 

それよりも、何かに取り組んだり、集中したりする方が良いんです。その時間はその事に没頭していますから、快適なんです。

 

その意味で、没頭するのにジャーナリングが良いんです。

 

書き出しているのは自分の言葉であって、それを自分で書きながら同時に読むわけです。集中しやすい作業です。

 

そして、書く作業と、読む作業と、考える作業と、集中を余儀なくされます。悩んでいることを書いてもいいし、楽しいことを書いてもいいんです。

 

ジャーナリングは完全な自由の場ですから、何を書いてもよくて、その上で、自分との対話に集中することも出来るんです。

 

人は、自分の中に言葉に出来ない何かを抱えています。それを引っ張り出して欲しいんです。自分の中ではそのような気持ちがあります。

 

それを、ジャーナリングで言葉にしていくんです。言葉にして、心が反応して、そのやり取りによって自分の心が明らかになっていくんです。きっと心は解放されていきます。

 

自分の中の不明なことを明らかにしていくと、考えやすくなります。そして、考えは効率的に進んでいきます。

 

きっと、ジャーナリングが加速していきます。考えもどんどん進んで、言葉も次から次へと湧いて、新しい表現やアイデアも生まれて、ジャーナリングに没頭している状態になります。

 

没頭は、快適さにつながりますから、よほど、日頃の悩みについて悶々と考えているより、解放され、回復しています。

 

集中を要することは大変かと感じますが、案外そんなことはなくて、むしろ没頭状態によってエネルギーは回復しているんです。

 

ですから、そんなときは、ジャーナリングで没頭するんです。