「面白さ」という性質に気付くと、あとはそれを自然と育てていけばいいのではないか、という気がします。
面白さは自分だけの感覚、あるいは、感情によるものであり、自分の内側から生まれたものです。そのことが面白いわけですから、それについて考えているだけで基本的には心地良く、楽しく、つまり、ポジティブな感情でいられるということです。
そのことについて考え続けているうちに、面白さは展開していくだろうし、そのことに関する情報を集めていることによってより面白さが増していくだろうと思います。
その対象に対する面白さは独自に展開していって、最初ぼんやりと感じていた面白さが鮮明になったり、深くなったり、具体性を帯びたりします。
また、面白さが育ってくると、それを形にしたいという欲求が生まれてくるかもしれません。ただ面白いと思っていた状態から、実際のものに発展するかもしれません。
また、面白さが多様に展開することによって、そのことに対する面白さの知識の体系が形成されるかもしれません。
そこにただ石ころがあっても、それはただそこに転がっているだけですが、その石ころの面白さを独自に発見していたなら、それはただの石ころなのではなくて、自分にとっては価値ある原石です。
自分の目の前に広がるこの世界も、そこに面白さを見出せなければただ世界はそこにあるだけです。この世界をどのように捉えるか、面白さを知るかが、この世界でどのように生きていくかがカギになるのです。
この世界には、いくらでも面白さの種があります。自分の心が自然と動く面白さがあります。
人間には、目や耳や感覚があり、それを感じる力があります。自分の多様な感受性によって面白い何かは容易に感じ取れます。
それが面白いかどうかは、自分自身がよく分かっています。自分の心がよく分かっています。
そのことに説明は必要ありません。ただそれが面白いわけですから。
その面白さは自分だけのものであり、どのように料理してもいいのです。どのように展開させてもいいのです。形にしてもいいし、数を増やしてもいいし、組み合わせてこれまでにないものにしてもいいのです。
面白さは無限の可能性があります。自分の中でそのように感じるわけですから、それが源泉であり、いつまでも面白さは生まれ続けるのです。
自分にとっての面白さをコアにして、より精度を上げて、強度を上げて、もっと面白くするのです。自分の中でそれは、もっと面白くなります。