毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

自分の中の嫌な記憶と不安。自己認識。もう1人の自分として寄り添う。

自分の中には、嫌な記憶というものがあります。ある時、勝手に立ち上がってきます。そういったものは不安の原因になって、これがけっこう煩わしいものになります。

 

実際、ある種、この現象によって、人はいつも苛まれ、苦しんでいるとも言えます。ですが、これは人間によくある事です。過去の色んな嫌な記憶は、普段は無意識下に眠っているのですが、何かあると勝手に湧き上がってきて、ついそれに意識が向いてしまいます。そして、その嫌な記憶を辿って、そして、それと一緒にどこかへ思考が向かいながら、勝手に予測をしてしまいます。そして、またつらさが増します。

 

人はいつもこのような事を頭の中でやって、独り苦しんでいるわけですが、みんな同じことをやっています。同じことをやって苦しみ、そして、嫌な記憶を強固にしていくわけです。そして、それを繰り返すわけです。

 

嫌な記憶が湧いてきたら、だいたい気が付いたら、不安になっています。だから、その嫌な記憶と不安感をそのままにしておかない事が望ましいです。

 

そのままにしておくと、どんどん嫌な感じと不安感は膨らみます。まるで自らそう仕向けているように、膨らんでいきます。だから、そうならないように、ちゃんと自分でハンドルするという事です。

 

常に、自分を客観視する事です。そのような状態になっている事に、もう1人の自分が気付いてあげる事です。そういう自分を認識する事です。自己認識です。意識的には、それを認識する事を避けたいと思うかもしれませんが、むしろ認識する事が大切です。

 

そこにあるものを無いものにしないということです。そこには、嫌な記憶があるという事です。それを無いものにせずに、あるという事を認める事です。そして、まずは、その事で自分は不安になっている事を認識する事です。嫌な気分になっている事を認識する事です。

 

そして、寄り添う事です。自分のその不安感、嫌な気分に、もう1人の自分として寄り添う事です。分かってあげる事です。そのような自らの寄り添いが自分自身の不安感を静めます。

 

そして、その寄り添いは、心が落ち着いた状態で為されるのが望ましいです。心が落ち着いて、冷静な状態で行う事が大切です。冷静な状態であれば、しっかりその気持ちを感じる事が出来るからです。自分自身の気持ちに、もう1人の自分が共感する事が出来るからです。共感はすごく自分の不安な心を癒します。

 

嫌な記憶は不安を呼び起こします。そして、それは自分を苦しめます。でも、それは人間にとって普通の事です。なので、そういう自分をもう1人の自分が認識して、寄り添う事です。もう1人の自分として自分に共感する事が、自分を深く癒し、自分を前に進めます。