毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

人間は”独り”で生きていくものという事について考える。自由に生きる。

人間は、本来的には独りで生きていくものだ、という観点から、独りで生きていくという上で、どのように生きていくのがいいのか、何が楽しいのかという事について考えてみたいと思います。

 

別に、1人寂しく誰とも関わる事もなく孤独に生きていく、とか、そういう意味ではなく、精神的に独りで生きるというような意味で、より自立した状態、自分の事は自分で決められる自分、のような意味です。もちろん、人と関わりながら生きていくのが普通だし、実質的には周りの人たちとともに生きていく事にはなりますが、周りに、また、そばに誰かがいないと生きていけないとか、1人だと寂しくて耐えられないとか、そういうようではなく、自分の事は自分で対処しながら独りで生きていく、みたいな意味です。

 

例えば、食事なんかは、独りでも凄く楽しめるものだと思います。色んな食材を使って、美味しいものを食べるのは、最高の楽しみ、喜びと言っていいと思います。食を楽しみながら生きていくのは、独りでも十分可能だと感じます。

 

そういう意味では言うまでもなく、健康でいる事の喜びはあると思います。身体が常に心地良い状態でいるというのはこの上ない喜びです。それだけで、日々の暮らしは心地良い暮らしになります。

 

健康に関連して、自分の身体と対話する事、身体を大切にする事も、楽しみ、喜びと言えます。自分の身体に対する毎日のセルフケアは大切です。身体は思っているより疲れていたり、痛んでいたりするから、そういう状態に気付いてあげるという事です。セルフストレッチ、セルフマッサージ、ヨガ、体操、筋トレ、みんな、大切です。自分の身体に属しつつ、ともにいるという感じで、でも、自分の身体は自分とは違う側面もありますから、ある意味自分の身体を他人のように思いながら、身体とともに生きるという感覚は大切だと思います。その意味で、自分の身体とともに生き、身体とともに充実して生きるというのは、ひとつの喜びだと思います。

 

さらに、それに関連して、瞑想して自分に向き合う事は大事です。自分の身体の状態に気付く事も、心の状態に気付く事も、瞑想を通じて出来ます。心を穏やかにして、呼吸とともに自分と向き合い、自分自身を観察して、メタ認知する。心身の状態に常に気付いて、心身と交流するという意味で、瞑想は凄く良いと思います。

 

また、勉強する事も楽しい事だと思います。色んな世の中の知識を学ぶことも喜びになるし、読書もとても良いと感じます。勉強する事で、世の中で生きていく事が可能になるし、周りの人々ともより良い交流が出来るようになると思います。そもそも、勉強そのものが、人間の知的好奇心を満足させて、楽しいと言えます。私自身、勉強は大好きなので、独りでかなり充実出来ます。

 

もう一つ言うと、考え事です。物思いに耽るとか、思索に耽るとか、そういう感じです。心地良い部屋で、心地良くコーヒーを飲みながら、何かしらについて考える。意外と、楽しい事です。身体の状態がより良く整えられていると、より物思いに耽るのは楽しいです。

 

人間は、もちろん人々とともに生きていくのが普通なんでしょうけど、その前に、独りでちゃんと生きる事も大切のように思います。独りでいる事は、自分自身の安定につながるし、独りの自分であってはじめて他人とより良く交流できたりします。

 

そして、独りで生きるというのは、結局「自由」という事だと思います。自由というのは、仏教では、「自らにもとづく」、「自らによる」という意味のようです。独りで生きられるようになって自由というわけです。

 

そんなわけで、私自身、独りで生きていくという事を大事にして、生きていきたいと思います。