毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

人生で見つけてきた自分にとっての“良い事”を、忘れずに大事にする。

生きていく希望とか、生きていく目的とか、そういった事、そういったものを見失いがちになることってあると思います。そういう状態になると、生きていくのが苦しくなったり、退屈になったり、生きるのに絶望を感じたりすると思います。

 

そうなると、何か過剰な喜びとか、過剰な期待とかをしてしまって、過剰がゆえにそれらがもたらせる事はなく、ずっとつらい思いをし続ける事になります。過剰な期待はほぼ実現しないし、仮に実現したとしてもせいぜい1回くらいなので、そのあとすぐに絶望感が押し寄せます。

 

過剰でなく、普通に良いと感じられることは、実際はたくさんあると思います。自分の手元に持っていると思います。ちゃんと「良い事」を良いと感じる力を身につけてきていると思います。美味しいものを美味しいと感じるように。せっかく美味しいものを美味しいと感じ、味わう力があるのに、美味しいものを目の前にしてそれを口にしないというような事はおそらくしません。

 

基本的には、この事は美味しいものと同じだと思います。人生で、見つけてきた良いもの、良い事を、言い換えれば、自分にとっての価値と言ってよいものを、大事にする事はとても大切だと思います。自分が身につけた味わう力を大切する事と同じです。

 

そういう意味では、人についても同じだと思います。良い出会いも、大事にしないといけないと思います。せっかくの人生の中での良い出会いも大事にしなければ、人と何をやってもいっこうに喜びを感じられません。

 

人というのは、どうしても欲張りで、知らず知らずのうちに過剰な期待をしてしまいます。その事に気付いていないから、その過剰な期待が叶えられない事に絶望したり、辛くなったり、退屈したりしてしまいます。

 

とは言え、そういうのは人間の普通の事でもあるので、退屈さ、絶望、苦しさを感じたら、何か過剰な期待をしてしまっていると気付いて、また、自分が人生で見つけてきた良い事、良いものを忘れてしまっていると、認識するのが良いと思います。

 

世の中や人生に意味や目的はないという言い方もありますが、一方では、そのようにして自分が見つけてきた良い事や良いもの、自分にとっての価値あるものは、意味があると言えると思います。そのような自分が見つけてきた、見出してきた良い事を、自分が作ってきた価値を、忘れないように大事にしていく事はとても大切です。苦しい時、絶望している時、退屈を感じる時は、特にそうするのが良いと思います。