毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

「人生」と思っているものは実は「主観的な体験」。ウェルビーイングな体験を作る。

人生をどのように歩んでいったらいいのだろうかと悩みがちだと思います。人生とは、生まれてから年齢が増えていって、歳とともに、どう生きていくか、仕事とかキャリアとか、恋愛とか結婚とか家族とか、色んな人生を進めていく、そういう時間軸があるように感じます。

 

客観的に見ると、確かに、自分の歴史、人類の歴史の振り返るように、時間軸に沿って人生は進んでいきます。ですが、人生を歩んでいるのは自分です。人が人生という時、それは主観的なものだと思います。

 

そこで今回は、人生とは主観的な体験だという事について考えてみようと思います。

 

体験とは何かですが、人間の知覚する性質によって今まさに体験している事です。それは過去の記憶や予測する未来に基づいて認識しているものも反映して知覚しているものです。頭の中で、想像したり、考えたりしている事も、体験していると言えます。

 

自分自身が何をしているのか、という事について言い換えると、自分自身は「体験を作っている」と言えると思います。自分の観ているもの、世界、感じている事、考えている事、これまでの過去の経験や、それから予想される未来、あらゆるものを反映しながら、常に体験を作り続けています。

 

作られる体験は、意識的に作られるものもあれば、無意識的に作られるものもあって、意識的であれ無意識的であれ体験したものが、過去の記憶になり、未来の予測に反映されます。

 

そして、時間軸は、客観的に自分を観た場合は、時間を横軸にして、時間変化とともに人生は進んでいくように見えますが、主観的には、体験する事、もしくは、体験を作る事がトンネルの中を進んでいく列車のように進んでいる軸になっていて、その体験は過去の記憶や予測する未来を反映し、同時に作り出しています。

 

「今ここ」を生きるというのは、人生の歩みを進めていく、というより、今この瞬間の体験を作っていく、という事です。「今ここ」の体験は、無意識的であれ意識的であれ体験を作っていますが、あまりに無意識的に体験を作っていると、「今ここ」を感じる時間はあまり感じなくなります。

 

別に、意識的に体験する事の方が、無意識的に体験する事より良いというわけではなく、単に、体験するというとはそのように進んでいくという事です。

 

体験して作り出されているものは、過去の記憶や未来の予測だったりしますが、まさに自分の主観的な世界を創りだしているようなものです。その意味で、人生とは、自分の体験により作り出した世界を反映して、今ここを体験している事になります。主観的体験と主観的世界は反映し反映されて循環しています。時間の流れはその循環の中にあります。

 

そして、体験を作っていくという事を踏まえると、より良い体験を作っていく事が大事という事になります。ウェルビーイングな体験です。

 

あらゆる体験は、自分の世界を創り、そして、それをまた今ここの体験ととともに、自分の体験に反映します。そのようにして体験を作っていく中で、どのようにして自分にとってウェルビーイングな体験を作っていくか、自分がどう感じているのか、思っているのか、今ここを大事にしながら、そういう事を立ち止まり振り返りながら考えて、体験していく事が大切ではないかと思います。