毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けている40代です。

知的好奇心を満たす生き方。主観的世界=自分の観ている景色を創る。

人が生きていく事にとって、ウェルビーイング(Well-being)は最も大事なことです。そして、私にとって、ウェルビーイングな人生を歩むその1つに、「知的好奇心を満たす」という気持ち、欲求があります。この「知的好奇心」が自分を底から突き動かしているように感じます。

 

人生というのは、主観的な体験をするという事であり、自分の主観的世界を作っていくという事です。主観的世界というのは、言い方を変えると、自分の観ている景色です。それは、目で見ている景色だけではなく、自分の想像する世界の景色も含みます。自分にとっての物理的な外的な世界、想像上の内的な世界関係なく自分にとっての全ての世界を含みます。自分が、世の中の仕組みをどのように捉えているか、理解しているかが反映されます。世界がどのようになっているのか、自分自身がどのような仕組みを持っているのか、どうしても完全に分かる事は難しく、自分なりに世界を想像することしかできません。そのような意味でも、主観的世界=自分の観ている景色を作るというのが、人生とも言えます。

 

私の場合、知的好奇心という欲求がエンジンとしてドライブしていて、その「知りたい」という欲求が、主観的世界=自分の観ている景色を作っているように感じます。なので、常に、その自分の観ている景色を作り変えたいという気持ちがあります。

 

何かを理解するとき、「分かった」をいう感覚がありますが、それは言葉だけによるものではありません。私の専門は化学ですが、化学の事が分かった時というのは、本を読んで言葉で理解したというより、もちろん言葉や本による理解も重要ですが、何か、原子や分子やその総合的なダイナミックなイメージが想像できた時でした。ある意味視覚的なイメージも、何かを理解するときには必要です。言葉は、そういったイメージして理解する事を助けるものとしては、とても重要です。

 

とはいえ、言葉自身による理解もとても大事です。「思考する」事の行為の大半は言葉によります。言葉によって思考を展開させていく事が、何かのアイデアにつながったり、自分の中で想像していた世界の足りなかった部分を埋めたりしてくれます。その時世界は広がり、創り変えられます。言葉は、思考の重要な道具であり、知的好奇心の開拓、探求の重要な道具です。

 

そのような意味で、私にとっては、知的好奇心は欲求であり、エンジンです。そして、それを満たしながら、主観的な世界を創る、自分の観ている景色を創り変えていく、そういう事をしながら生きていきたいと思っているように感じます。それが、自分にとってのウェルビーイングな生き方なのかなと思います。