毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けている40代です。

ストレスと疲労。スマホのアプリ「Twitter」を消してみた。

このところ、ストレスや頭の疲れが続いているという事で、スマホに入れていたTwitterのアプリを消しました。時間が空くと、特に何か知りたい事があるわけではないのにスマホを見てしまって、気が付いたら、そんなに重要な情報じゃないのに気を取られていて、時間が経っている、そして、頭が疲れている、そういう感じになっているからです。

 

インターネットの情報は、人のいろんな考えや行動の様子が入ってきて、その事で自分自身の問題でもないのに気になるようになってしまう気がします。最近よく言われていますが…。

 

Twitterは、10年近く前にそもそもTwitterとはどんな感じなのだろうかという、ただTwitterを知りたい、使ってみたいという感じで始めました。当時のいわゆるインフルエンサーと言われるような人たちをフォローしたりしながらフォローの数を少しずつ増やしていっていたわけですが、この数年、自分自身ツイートする事も激減していました。最近は、新着のお知らせみたいのがアイコンの右上に数字で付くので、それを消そうと思って確認するだけの作業になっていました。そして、特にフォローしていない色んな人のツイートが、知らず知らずのうちにタイムラインに流れるようになって、それらの一部があまりに自分と違う生活をしている様子のツイートだったり、理解に苦しむツイートだったりするので、逆にそれらが気になって見てしまうようになっていました。自分から見ようともしていないそういうツイートを毎日のように見る事が、習慣というか癖というか、もはや中毒と言ってよいのではないかという感じになっていたので、思い切ってアプリを消しました。

 

ひとつに、何か、世の中の色んな人の情報が勝手に入ってくることによって、何か平均化されていくような気がしてきたというのはあります。人はそれぞれで良いとは思っています。ですが、多様な人々の情報を仕入れる事で、それらの情報によって自分自身も記憶学習を繰り返して、似たような平均的な脳になっていくような気がします。とりあえず、自分の目や頭もひっきりなしにツイートをサーチしてそれで疲れが続くので、止めてみました。

 

また、愚痴というか気持ちの吐き出しみたいなツイートもけっこう多くて、一緒に住んでいる妻や夫を愚痴ったり、愚痴るくらいならまだいいですが、何故一緒に居るのかなというほどに気持ちをお互い黙って押し殺していたり憎んでいたりしている様子は、こちらもただならぬ感じがして気になって見てしまいます。近くにいる人同士で不誠実な関係のツイートを、匿名だからか思い切ってしていたりするので、いかに不健全な生活をしているのかが伝わってきて苦しいですし、自分たちの抱えている問題の解決方法や抱えている事自体も分からないような感じもあるから、おそらく一種の無意識のSOSなんだろうとも思います。離婚したいけど離婚できないみたいな、泥沼状態の夫婦関係やその家族関係のツイートには、積極的なSOSのツイートもけっこうあって、むしろ健全と感じるくらいです。

 

これらのツイートは、人間らしさを物語ってはいますが、自分の問題でもないのに感情的に引っ張られてとても苦しく疲れます。

 

自分自身の仕事の事や人間関係の事で悩むのは良いですが、あまりに知らない多くの人たちの無意識のつぶやきで苦しみのはちょっと違うかなという気がしています。

 

そんなわけで、Twitterのアプリを消してみました。これでこれからストレスや脳の疲れが軽減するのでしょうか。それは分かりません。他にも日常的な事でもストレスや疲れはあるので、これで解決するとは限りませんが、何かしら効果はあるかもしれません。