毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

無いものねだりにならず、あるもので幸せを実感する。

人は持っていない事を気にします。他の人と比較して自分が持っていない事を気にしてしまいます。そして、持っていない事によって、自分は幸せでないとか、うまくいっていないとか感じてしまいます。そのような捉え方は勿体ない事です。

 

今持っていない事ではなく、今持っている事についてもちゃんと目を向けるべきです。注目すべきです。良いものはいっぱいあります。

 

何故それを良いものと気付かないかというと、当たり前になっているからです。持っている事が当たり前、でも、それらは以前は持っていなかったはずです。人というのはすぐに過去の事を忘れてしまいます。

 

今目の前に物理的にあるものは、以前からそこにあったでしょうか。自分のものとしてそこにあったでしょうか。きっと無かったと思います。自分があるとき手にして、自分のものとなって、そして、当たり前になった。日常になったんだと思います。

 

ですが、以前はそれは日常ではなかったし、当然ではなかったはずです。それを得た事によって喜びを感じたはずだし、幸せを感じたはずです。それなのに、今はそれを喜びとも幸せとも感じていない。勿体ない事です。というか、良くない事です。

 

ですから、今自分が持っている事について、ひとつひとつ丁寧に見直すんです。当たり前と思って見過ごしがちの価値あるものたちに、ちゃんと気付くべきです。

 

ものだけではありません。色んな人もそうだし、いろんな経験もそうです。過去となって忘れてしまったり、当たり前となってしまったりして、見過ごしています。

 

ひとつひとつ自分を幸せにしているはずのものについて、ちゃんと気付いて、幸せを実感するべきです。あらためて、ちゃんと喜びを感じるべきです。

 

人はすぐに、無いものねだりをしてしまいます。それを持っていない事につらく感じて、悲しく感じて、不幸せを感じてしまいます。ネガティブなバイアスがかかっているんです。

 

そうではなくて、今あるもので幸せを実感するべきです。喜びを感じるべきです。

 

今目の前に、いっぱいの幸せがあります。喜びがあります。それらを幸せと感じないで、また、喜びと感じないで、新たに手に入れた価値あるものを、そのときもちゃんと幸せと感じられるでしょうか。感じられないとしたら、勿体ない事のはずです。

 

それどころか、そのままでは何を得ても何にも幸せになれません。喜びもありません。

 

それではいけません。今、目の前にあるものを、大事なものとして、価値あるものとして、幸せを実感するべきです。そして、喜びを感じるべきです。