毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

自分で決めていく。心地良さがもたらされる。

自分で決めていくという事はとても重要だと感じます。大きなことである必要はありません。自分の出来る範囲で、それ相応の決断をしていけばいいんだと思います。

 

ある意味それは自分の脳内の為という事かもしれません。自分の脳は、何かを決める事で心地良さを生みます。何かを決める事が何かスッキリした感じを自分に与えます。

 

決めるという行為は、何か「変えていく」という行為に似ています。変えるには、何らか思い切った決断が必要です。力が必要です。その力の行使が自分自身を心地良くします。

 

何か人間というものは、自分の力を行使したいという部分を持っています。そのひとつが、決めるという行為です。AかBの選択があるときに、Aを選択する事を決める事には何か力が要ります。それは、Bを選択するときも同じです。選択を決めるという行為は、変化が伴います。この変化を引き起こす行為は自分に心地良さをもたらします。

 

決めるという行為を、意識的にするという事がポイントのように思います。何となく決めるより、意識的に決める方が自分に心地良さをもたらすには効果的のように感じます。

 

「意識的」という部分を、より思考として、論理的に、明確に理由をもって決められると、なお心地良さがもたらされるように感じます。

 

逆に考えてみると、決めないという行為はストレスをもたらします。何も決めないままにしておくと、頭に疲労がたまります。認知的な不和が脳に残ります。これは、脳に心地良さをもたらしません。心地悪さをもたらします。それは、つらさや苦しみにつながります。

 

決めていく行為は人間らしい行為であり、心地良さの原因になります。何かゴミを捨てる行為にも似ています。生活していると、ゴミがたまります。それらのゴミは捨てなければなりません。それと同じで、物事を決めていく事で、捨てるべきゴミが処理されていきます。ゴミは無くなり、部屋はきれいになり、身も心もすっきりします。快適さがもたらされ、新しいものを受け入れる事が出来ます。

 

そのように考えていくと、日常は決める事でいっぱいです。大きな決断も時折あるんでしょうが、大きさは重要ではなく、ちょっとした事を少しずつ決めていったらいいんです。そうしていく事で脳内も心地良くなり、目の前もすっきり、ストレスも疲労も減り、前に進めます。日常は色んな事でいっぱいです。目の前も何かしらでいっぱいです。それらに対して、出来る事から、どうするか決めていく。大事な事です。