毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

注意は容易に不安に持っていかれる。そうではなく、喜びと実践に向ける。

人間の良くない仕組みとして、自分の持っている不安に、注意が簡単に引っ張られてしまうというのがあります。持っていかれてしまうというのはあります。

 

脳は勝手に考えてしまいますので、注意が不安に飲み込まれてしまうと、良くない考え、ネガティブな考えが、頭の中をさまよってしまいます。そして、煩悩に苦しみます。

 

不安は、基本的にあります。自分の中に、誰でもあります。これを消すのはほとんど無理です。完全に無くそうとする事は困難です。というより、そうする必要はありません。できませんから。

 

そして、その不安に、注意は簡単に持っていかれます。その事に何の努力も要りません。何もしなくても、自然と、石が坂を下っていくように、注意は不安に持っていかれます。

 

ですから、そうならないように、意識的に、注意を良い方向に向けるべきです。

 

出来れば、その注意を、自分の持っている「喜び」に向ける事が大切です。自分の中の喜び、楽しい事に、出来るだけ向けるようにしておくと、不安から逃れる事が出来ます。

 

その意味では、自分にとっての喜びはよく知っておくことは大切です。

 

そして、自分の喜びについて注意を向けて、そして、その事について考える。大事な事です。

 

そして、自分にとって喜びになる事をやる事です。人間は、何かをやる事は大事です。実践する事が大事です。そして、その実践が自分の喜びにつながっている事が大切です。

 

実践は、特に難しい事をする必要はありません。今の自分が出来る事をただ実践すればいいわけです。そして、その実践の中に、喜びは見出せます。

 

注意を今やっている事に、その実践に向けるようにしていれば、自然と喜びが見出されます。そもそも人間は、実践の中に、実践に集中していく中に、喜びを見出すものです。

 

その意味では、何かやる事、今目の前でやっている事、実践する事が重要なのであって、その事に注意を向ける事が大切なわけです。結局は、その中で、喜びや楽しい事は見出されるものです。

 

その為にも、不安に注意を引っ張られない事です。持っていかれない事です。不安の中では、注意は不安にすでに飲み込まれていますから、その中での実践は不安に満ち、不安に乱され、喜びからは遠いものになります。

 

ですから、注意を不安に飲み込まれないように、意識的に注意を自分の喜びに向ける、また、今自分がやっている事に向ける、その実践に向ける。そうする事で、喜びはより確かなものとなり、実践する喜びを大きくなり、生きていきやすくなります。