毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けている40代です。

いつも未来への展開可能性を感じられるように、日々自分時間を作る。

毎日生活するためには、また、社会で生きていく為には、日々計画的に目的を持って、ひとつひとつ未来に向かってやるべき事をやっていく事が大事です。ですが、みんな、そういうタイプの人間ではありません。人は本当に多様です。そして、私も、そんな多様な人間の1人です。

 

私自身、色んな事が散漫になり頭の中が発散しやすく、子供の頃からどちらからというと、落ち着きのない感じだったと思います。社会的に生きていくには大きな障害になっていないのであくまで傾向ですが、ADHD(注意欠如・多動)の傾向にあるように感じます。多動はそうでもないですが、注意欠陥という感じです。

 

自分にとって時間の間隔はとても大事で、常に時間的に余裕がある事が大切だと感じています。人間は主観的体験をする生き物という点で、人は常に主観的に、展開していくプロセスを体験しているわけですが、感覚的には、時間は、持続している感覚です。ベルクソンは時間ではなく、持続というように言っていて、その事と同じような気がします。

 

常に、自分の中のプロセスが持続しているわけですから、持続する先には、持続するための余地があると感じられないといけません。でないと、持続できなくなって、頭の中が詰まってしまって、きつく感じられてしまうからです。

 

じっとしていようが、何かをやっていようが、常に時間は持続していますから、その先、その未来は、余白になっていて、時間的にも余裕があって、期待感があって、展開の可能性に開かれている必要があります。

 

そういう事もあって、常に、自分にとっての時間を作る事が必要です。余白ですから、何もない時間、何もしない時間です。そして、その時間は何をやっていい時間です。生産的である必要のない時間です。無駄なだらだらした時間でいいわけです。

 

そういう時間を日々作る事が、未来の展開可能性を常に感じる事につながります。その時間は何をやってもよく、好きな事を好きなように使えます。

 

私の場合は、日々悩んでいる事に思い悩む事が出来ます。また、物思いに耽る事も出来ます。また、考える事は好きですから、思索に耽る事も出来ます。そして、部屋を心地良くして、コーヒーでも飲みながらそれらをやる事もできます。特に、何か生産的な答えを導き出す必要もありません。

 

実質的には、そうした自分時間は、心地良く楽しいだけではなく、新しいアイデアが生まれたりします。自分の気になっていた、悩んでいた事のヒントが見つかったりもします。そういう事が起きると、次への展開可能性が生まれます。

 

そういうわけで、日々、未来への展開可能性を感じている事が大切です。そして、その為には意味のない、何もしなくてもいい「自分時間」を作る事が大事です。その時間は自由です。何をやってもいい時間です。そうする事で、未来への期待感が持てて、展開に開かれて、生きていきやすくなると思います。