毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けている40代です。

ウェルビーイングと未来への期待感。日々に時間・余白を作る。

人は、具体的に「これをやる」、「あれをやりたい」、という明確な事が無くても、自分自身に何か起こりそうな気がする、自分が展開していきそうな予感がする、と言った、未来への展開性、期待感があると、生きていきやすいように感じます。

 

自分の状態をより良くあろうとする事、ウェルビーイング(Well-being)は人の生き方として凄く大事な事だと思います。このウェルビーイングな生き方のひとつとして、日々に、「未来への期待感」を感じている事が大切なように思います。

 

時間の流れに関してですが、自分自身が感じる時間は、何か自分の中で自分自身が持続し続けているような感覚があるのではないか、と思います。これが、自分自身が体験している時間だと思います。前提として、すでに自分は持続している、もう少し言い方を変えると、変化し続けている、だから、変化への可能性、展開可能性の余地が常になければ、自分が持続していかない、つまり、時間が進んでいかないように感じて、きつくなってしまいます。

 

そのような意味での持続する自分が、より良く感じられるためには、常に未来への展開性、未来への期待感がある事が大事だと感じます。

 

この未来へ拓かれている感じ、未来への期待感とは、時間であり、余白であり、スペースだと思います。自分の中に、時間的余裕がある事で、主観的には、未来へ拓かれる余白があるように感じられます。

 

人間は主観的体験をしているという観点で考えると、主観的体験の中で、常に自分は持続していて、持続する先に何かしら余白・スペースを感じて、そして、それが未来への期待感につながるように思います。

 

そして、その未来への期待感の先には、具体的、明確な何かが必要かと言うと案外そうではなく、単に、余白がある自体が大事で、その先に何か起こりそうという予感がすればそれで十分なように思います。

 

そのような意味で、日々の生活の中に、未来へつながる期待感として、余白としての時間を作るという事が、実践的にとても大事なように思います。毎日の生活に時間的余裕があれば、その時間は何をやってもいい、そして、何か良い事が起こるかもしれない、そんな期待感のある時間になります。

 

日本人は昔から庭先など空間的にも「余白」を作る文化を持っていますが、これに似た感じだと思います。

 

日々忙しく過ごしていると、また、頭の中がごちゃごちゃ忙しいと、そういう時間、余白が作れません。その状態では、未来への期待感は生まれません。ウェルビーイングにとっては良くない状況です。そのような意味で、毎日の生活の中に、時間、余白を作りましょう。それが、未来への展開性、期待感につながるはずです。