毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けている40代です。

会社でのイライラは実は好きでやっているのではないだろうか

会社に勤めていると、イライラして日常的にストレスをためてしまう事ってありますよね。そして、家に帰ってそのイライラを口にしてしまって家族に負担をかけてしまったり、不和を生じさせてしまったりしますよね。私もよく会社のイライラを妻に無意識に話してしまって、妻にイライラを伝染させてしまったり、話し相手にさせてしまって疲れさせてしまったりして、自分自身本当に良くないなと思っています。

 

どうしてこうも人間というのは、社会や組織で平和的に仲良く上手くやれないのだろうと思うわけですが、結局のところ、イライラする事自体がそもそも好きな生き物なのではないか、と思うわけです。すべてのイライラが好きでやっているとは思いませんが、例えば人間の社会は、地球上で、国家間でも、企業間でも、国家内でも、企業内でも、いつも競争をしていて、スポーツなどは競争を前提としています。競争はイライラする事の原因になりますが、それがまるで当然の事になっています。

 

そういうわけで、今回は会社でのイライラは、実は好きでやっているのではないかという事について考えてみたいと思います。

 

上で触れた、そもそも会社内で競争する事が、無意識にも好きなのではないかという事です。社内で高く評価をされて上手くいっていたら気分は良いけど、上手くいっていなかったら気分が悪いわけですが、それがどうでもよかったら、本当にどうでもよいわけです。ですが、どうでもよくないから、上手くいっていない時イライラしてしまっているのではないかという事です。その事に囚われているから、イライラして、結果的に、そのイライラに対処して、イライラを解消すべく仕事に邁進し、そして、仕事が上手くいったら気分が良くなるという、そういう事を繰り返しているのではないかという事です。

 

イライラを感じる事は、人間の機能であり、自分に対するアラームのようなもののように思います。アラームが鳴ると何とか対処しないといけません。イライラは、自分のこれまでの失敗や他人との競争の敗北などの経験から学習した事に基づいたサインで、このままだとまずい事になるぞというメッセージです。そして、イライラを上手くハンドルできるようになると、社内競争にも強くなっていきます。実際には、社内競争で負けても死ぬわけではないので、小さな負けと小さな勝ちを繰り返しながら学習して、そして、イライラによる対処も学習する事で、しぶとくなっていくみたいなところはあるのではないかと思います。

 

イライラに対する対処の精度が上がってくると、自分の中でちょっとイライラし始めたら、これは対処しないといけないサインなんだなと気付いて、冷静に対処して、そして、仕事を上手く進めていくという感じに、ある意味人は成長していくとも言えるのではないか、という気がします。そして、小さな負けと小さな勝ちを繰り返しながら、競争を続けて、結局それが楽しい、みたいな。社内で、小さく負けようが勝とうが、周りにいるのは同じ会社の社員なので、結局みんなとイライラしながらも一緒に居たい、認めてもらいたいという気持ちで寄り集まっているという面はあるではないかと思います。

 

とはいえ、イライラを対処しそこない、日頃のセルフケアを怠ると、体調を崩し、精神的にまいってしまいます。イライラを無視する事は出来ません。

 

でも、イライラは人間に本来は備わっているものでもあるから、それを自分なりに上手く対処しながら、イライラをある意味、道しるべにして生きていっているという部分もあるのかな、と思ったりします。