毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

「何者かになりたい」ではなく、「何かをやりたい」が良い。それが幸せの方法。

人は、基本的には、「何者かになりたい」ではなく、「何かをやりたい」という生き方が良いと思います。

 

ここで言う、「何者」というのは、だいたい社会的なポジションだったりするものです。ポジションではなく、「役割」という場合もあります。ポジションや役割は、あくまで、何かやるためのポジションであったり、役割だったりするのですが、気が付いたら、それをやる事に集中するのではなく、それになる事に集中してしまいます。

 

社会的なポジションというのは、あくまで、そのポジションに就いて、何かをやるべきであるし、社会的な役割というのも、あくまで、その役割を担って、その役割を果たすべきです。ですが、人はどうしても、そのポジションや役割になりたがるわけです。

 

それは、そのポジションが、みんなにとって重要なポジションであるからで、その重要なポジションに就くと、自分が重要な人物であると認められたと感じられるからです。重要な人物と自分以外の誰かから認められると、凄く嬉しいし、凄く安心感が得られます。この安心感がこの上なく心地良いから、どうしてもそのポジションに就きたいわけです。

 

社会的な役割も同じです。その役割は、みんなにとって重要な役割であるから、その重要な役割を担うと、自分が重要な人物であると認められたと感じられて、嬉しくてしょうがないわけです。また、安心感もこの上なく感じられ、心地良いわけです。だから、どうしても、その役割を担いたいわけです。

 

ですが、この「承認欲求」を満たそうとしても、この承認欲求には限りがありませんから、満たされても満たされても、さらにその欲求を追い求めてしまいます。タバコと一緒です。お菓子と一緒です。タバコを吸っても、満たされるのは一瞬で、またすぐ吸いたくなります。お菓子も食べると血糖値が急激に上がって、その後だるさがやってきて、それでもなお、また食べたくなります。きりがありません。

 

ですから、そうではなく、ポジションや役割に就くなどして、何者かになりたいというように思うのではなく、そのポジションでやるべき事をやりたいと考えるべきです。また、その役割を果たしたいと考えるべきです。なりたいではなく、やりたい。このように考えるべきです。

 

人は、何者かになる事が重要ではなく、何かをやる事が重要なのです。その事を間違えないようにして、やる事を大事にする。それが、承認欲求を無駄に満たそうとする事ばかりにならず、やる事に集中して充実して、幸せを感じられる方法です。