毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

虚しさは集中で克服する。

人は、一般に、虚しさという問題を抱えがちです。どんなに充実しているように感じても、ある時、ふと虚しく感じられる。けっこうこれがメンタル的に堪えるわけです。

 

何か、自分が虚しさを感じずに済むような、夢中になれるそんなものがどこかにないだろうかと、安易に願望を持ってしまいます。ですが、そのような曖昧な願望では、せっかく見つけた対象も次から次へと移り変わってしまいます。そして、結局いつもの虚しさに戻ってしまいます。

 

一方で、そのような虚しさに立ち向かい、虚しさを乗り越え、愛すべき対象と出会い、充実している人もたくさんいるわけです。多くの人は虚しさに打ちひしがれているわけですが、一方でそれをはねのけて充実出来ている人もいるわけです。

 

実は、自分を飽きさせない、充実する対象は自分の手元に既にあるのかもしれません。もしくは、自分の手元にあるものが近い将来自分を充実させてくれる対象になるのかもしれません。それが何か、まだ定かではないのかもしれませんが、ただそれは自分が気付いていないだけかもしれません。

 

そんな事より、自分自身こそが、そのような構えになっていないのかもしれません。自分自身にその準備がただできていないだけかもしれません。対象はそんなに重要な事ではないのかもしれません。

 

どんな対象でも、自分がそれにいかに気持ちを向けて、集中し、コミットするか、愛を注ぐか、そのような事の方が重要です。むしろ、そのような態度や準備が自分に整っていないから、いつまで経っても、そのような対象が見つからないんです。

 

自分を充実させてくれる対象が無い事は問題ではなく、どんなに対象に対しても集中できない自分に問題があるわけです。

 

そのように考えると、あらためて、自分の手元に、実はそれなりに大事にしてきたものがある事に気付きます。その対象はそんなに強く自分を引き付けていないだけで、そこにきっとあります。ただ、自分がその事に気付きもせず、大事にもせず、気持ちも向けずにいるだけです。

 

そして、そんな事より、自分自身が対象に集中する力を養うべきです。愛情を注ぐ態度を身につけるべきです。何に対してもコミットできない自分では、どんな対象でもそれをダメにしてしまうでしょう。

 

自分が対象に集中する事を阻害する何か。そういったものを取り除き、その対象に集中する。まずはその事が大事で、自分のコミットする力を育てる事が、自分の抱える虚しさの問題を解決してくれます。