毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

「足るを知る」習慣。日々何かを得て、喜びや豊かさに気付く。

毎日「足るを知る」習慣を持つ。これ、良いと思います。実際、今のままで十分とも言えるし、もしそうでないとしたら、それはそれで苦しみを抱える事になります。

 

今日という1日に不満だとすると、それは今日という日が自分にとって十分ではなかった、足りなかったというわけで、もっと何かが必要だったわけで、もっともっと何かが必要だったわけです。でも、それって何かきりがない気がします。不満だから何かを付け足して、そして、満足したかというと、やっぱりまだ何かが足りないと感じるような気がします。

 

今何かが足りないという事にばかり目を向けるのではなく、今すでに足りている事に目を向けた方が良いように思います。良いというか、そうする事が大事だと思います。繰り返しですが、そうでないと、本当にきりがありません。永遠に何かが足りません。

 

自分が常に何かを満ち足りたものにしようとしている事を、もっと見てあげる事も大事です。たとえ上手くいかなかったとしても、今日という日を満ち足りたものにしようとしたはずです。そういう自分をちゃんと認める事は大切です。でないと、今までそうやって自分に足りるようにしてきた事が、または、実際に満たしてきた事が台無しになってしまいます。

 

人間はネガティブな事に囚われる生き物ですから、足りている事よりも足りていない事に目が行きがちです。足りている自分をちゃんと認識する事で、ネガティブな事に囚われやすい人間を脱却しようとする試みは大切です。それは、ウェルビーイングな試みです。

 

今日という日から、何かを得る事は大切です。何かを得る事は出来るし、実際に1日の終わりには何かを得ています。それに気づかないと、ずっと何も得ていないと信じてしまいます。それは本当に勿体ない事です。

 

今日何かを得たという事に気付かないとしたら、それは今日という日が足りない日に近づいてしまいます。得ているのに得ていないと感じるわけですから、それでは今日は足りない日だと感じます。

 

毎日何かを得ているし、毎日足りています。その事にちゃんと気付くべきです。毎日その事に気付いて、「足るを知る」習慣を身につけるべきです。そうしないと、日々の喜び、日々の豊かさが逃げていってしまいます。喜びや豊かさの何たるかにも気付かず、ただ足りない毎日を生きるだけです。

 

足るを知る習慣。これを日々実践する事で、自分が毎日何かを得ている事に気付き、そして、喜びがある事に気付き、豊かさがある事に気付く。とても大事です。