毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けている40代です。

意識や気分についての思索。そして、意識の生命性やイオントロニクスの世界。

今回もまた、意識について思索を進めたので、それについて書こうと思います。特に、気分は意識に対して影響が強いと思っているので、意識と気分について考えていきたいと思います。また、意識の生命性についても試作してみたいと思います。

 

まず、意識についてです。私は、意識とは、自分という人間の本質、本体のようなものと捉えています。人間には、身体という実体を持っていますが、目をつぶって自分の在りかを探ってみると、どことなく脳の中にあるように感じるし、その中にある意識に自分は在るんだろうと感じています。

 

そして、意識とは、これも当たり前ですが、生命性を持っていると思います。自分自身は意識の生命としての活動の中にあると感じます。

 

また、意識とは、現代科学では、主として脳波として観測されるものだと思います。電場成分として観測する場合もあれば、磁場成分として観測される場合もありますが、いずれにしても脳波に相当するものだと思います。周波数帯域は、サブミリ秒から秒の帯域で、呼吸や心拍数にも近い時間域のように思います。その意味では、心臓の鼓動の影響は、意識の生命性を支えているものとして見逃せませんが、とりあえずここでは、脳波として観測できるものとして考えています。

 

次に、意識に関する3つ目です。一般に意識の実体は神経細胞のネットワークの活動によると考えられていますが、神経細胞を脳の液体の中になって、内部も液体を持つ細胞から成っています。なので、より言うと、意識とは、液体中での分子やイオンの揺らぎであろうと思います。観測している対象という観点から、特に、イオンや分子の電荷の性質の揺らぎだろうと思います。

 

そこで、意識に強く影響を与えている「気分」についても考えたいと思います。気分も、意識と同じく、その実体は液体中のイオンや分子の揺らぎ、ダイナミクスだろうと思います。神経細胞の周辺にある液体は間質液と言うそうで、また、脳の中で循環している液体は脳脊髄液とも言ったりします。また、神経細胞グリア細胞も中身はそれらに似た成分の液体から成っています。そういう意味で、意識や気分は、分子やイオンの成分を持つ液体から生じていて、気分も物理量的には意識と同等だろうと思います。液体を海と例えると、気分は海から生じるもので、海の波や流れのようなものだろうと思います。また、それらは意識の周辺に常にあって、意識に影響を与えるものだろうと思います。

 

そのように、意識や気分を考えてみているわけですが、その上で、意識の生命性についても考えてみたいと思います。生命性の定義は、ここでは、細胞の生命性を想定したいと思います。生命性を定義する構成要素は主に3つです。細胞を取り囲む外部としての環境、細胞の内部を外部から隔てる境界もしくは界面、そして、内部、の3つです。生命の内部は、外部という環境がまずなければ存在しえません。そして、外部と内部を隔てる界面は単なる外壁ではなく、内部と外部がアクセス可能な界面です。相互作用が可能と言っても良いかもしれません。コミュニケーションや、物質や情報のやり取り可能、そのような意味合いも含みます。

 

そのように生命性を定義づけて考えたとき、意識という生命性はどういうものかという事について考えてみたいと思います。意識という生命性は、まず外部という環境因子が前提で、その環境因子のひとつに「気分」というものが含まれます。そして、意識は、この場合生命性としての内部そのものですが、外部にある気分と常に相互作用しています。常に気分の影響を受けています。気分という背景の中に、気分の作用を強く受けながら、意識は在るという事です。そのようにして、意識の生命性は存在しているんだろうと思います。

 

今回は、意識と気分というものについて思索しました。また、生命性という観点から、意識を、気分を含めて考えてみました。このように考えていくと、物理的には、意識と気分はその成分は同じなんだろうと思います。海を例えとして出していますが、海の成分も場所によっては多少異なると思います。魚や微生物も局所性があります。それと同じで、脳内の液体の成分にも局所性があって、その揺らぎも局所性があると思います。そして、それが気分を生じさせたり、意識を生じさせたりするんだろうと想像できます。

 

このような感じで、自分たち意識という生命は気分という背景の下で、イオントロニクスの世界を生きているんだろうと思います。