毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

思考と言葉による習慣が恥を作る

自分はダメなんじゃないか、と悩んで独りで苦しんでいませんか。自分は、会社や、もしくは、社会に適応できていない。自分を変えないといけない。また、自分はこのままだとダメだから、自分を変えないといけない。と、今までの自分を否定して、自分ではない自分になって世の中に適応していく、みたいな。特に、日本人は、社会からのプレッシャーが強いですから、自分らしくいるのが得意ではないと思います。社会や親からのメッセージが、自分は恥ずべき存在にしてしまうという歴史や文化が日本にはあると思います。そして、大人になっても、周りや社会に合わせようとばかりしてしまって、自分自身をなかなか自分で育てない、大事にできない、ないがしろにしてしまう。そういうのって日本人だと特にあると思うんです。

 

今回は、自分の思考と言葉により、「自分をダメ」にして、「恥」を作ってしまうという事についてお話ししたいと思います。

 

学校に行っても、会社に行っても、社会に入っても、どこに行っても、自分は足りないんじゃないか、ダメなんじゃないか、と思っていると、その思考が、自分の頭の中で、言葉となって繰り返されます。そのような日々を毎日繰り返していると、習慣の力によって、「自分はダメだ」が定着してしまいます。そして、何かあるたびに、「自分はダメだ」の観念を呼び起こして、さらに「自分はダメだ」を強固にしていく。まさに、悪い意味での習慣の力です。

 

「自分はダメだ」は、その社会で、もしくは、この世界で「自分は恥ずべき存在」という意味ですから、習慣化していると、常に自分で自分を無意識に疎外しています。この状態はとてもつらく苦しい状態です。

 

常に自分は恥ずべき存在ですから、「自分自身は恥ずかしくてそのままではいられない」という危機感を脳内で自分に発します。凄くストレスフルな状態です。そんな状態では、慢性的に疲労しているはずで、エネルギーがそのままの状態で無くなっていきます。だから、そのままに放っておくと、たいていうつ病のようになってしまいます。

 

だから、「自分はダメだ」モードになっている時は、即刻その仕組みを止めなければなりません。自分で、「恥」の習慣を自動的に継続しているわけですから。

 

「恥」の習慣の止めるには、「自分はダメなんかではない」「恥ずかしくない」という新しい習慣に書き換える必要があります。これまで、長年、「自分はこのままではダメだ」を持続する習慣を行ってきたわけですから、それを止めるのは容易な事ではないと思います。でも、その事に気付く事が重要です。「恥」の習慣が自分を苦しめている。でも、自分は恥ずべき存在などではない、という事に。

 

それに気づく事ができれば、「自分は本当に恥ずべき存在ではない」という事を内省して、落ち着いて確認し、正しい自己理解を取り戻すことが大切です。人は間違いなく、恥ずべき存在であるわけがないですから。そして、自分は恥ずべき存在ではないという事を、しっかり自分で認めて受け止める事も大切です。そう気づく事で、かなり楽になると思います。

 

そして、今度は、自分が恥ずべき存在ではない、そのままの自分で十分生きていってよいという新しい習慣を作っていくのです。

 

「恥」は、日本人の多くの人が、その歴史的、文化的背景から、染み込みやすいものだと思います。多くの人が自分自身に「恥」を抱えている事に気付いていません。かなり年齢がいっても気付かない人は多くいると思います。自分の「自分はダメだ」という思考と言葉による習慣化によって、恥は定着していますから、早くその事に気付いて、全然恥ずかしくない人間であることを取り戻して、自由になる習慣を身につけてほしいと思います。