毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けている40代です。

「暮らし」の感じられる場所=自由

「暮らし」というのは、自分の毎日の生活の場所であり、自由に過ごしている場所でもあります。「暮らし」という事を考えていると、暮らしを感じるという場所が、何か自由を感じられるような気がして、暮らしという響きが何か自由と関係しているように感じられます。

 

「暮らし」というと、実際、自分が毎日寝て起きて食事をして過ごす場所であり、家の中の事であり、プライベートな場所の事を言うと思います。会社などの家の外のオフィスに、暮らしがあるとはあまり言いません。

 

暮らしというのは、自分にとっての自由がある場所で、自由に考え、自由に感じ、自由に過ごすところです。心身のくつろぐ空間であり、時間のある場所だと思います。自分以外の誰かから、その空間と時間を制限されたくない場所です。

 

そのように考えていくと、暮らしというのは、自分らしくあれる自由な場所であり、そう感じられる場所であれば、案外、自分の家の中だけでもないようにも感じます。仮に、自分のいる会社のオフィスも、自分にとっての快適な自由な空間になっていたら、そこには自分の暮らしがあるようにも感じられます。その意味でも、「暮らし」を感じられることが、自分にとっての自由な空間であり、自由な時間であり、自分にとっての自由はどこにでも作れるのかもしれません。大事な事は、自分にとっての「暮らし」が感じられるかどうかだと思います。

 

実際、暮らしというのは、脳の中にあるんだと思います。自分の目の前にある暮らしとは、自分の脳の中から見える暮らしであり、脳の中から主観的に言えば、自分の脳の中の暮らしを映し出したものとも言えます。自分の在りかとは、脳の中の意識にあるのだとすれば、自己意識が見ている暮らしとは、脳の中に広がっているもののはずです。目から入ってくる景色や耳から入ってくる音、そして、匂い、あらゆる暮らしに関するものを、自己意識は脳内で身体を介して経験しています。脳内に反映した暮らしが、快適で、心地良くて、自由を感じられるなら、それは自己意識にとっても自由で、それこそが自由という感じがします。

 

自分にとっての、脳内の自己意識にとっての暮らしが感じられる場所。空間と時間。そういう暮らしを作り出していけると、自分らしい自由を感じられて、自由でいられるのかなという気がします。その意味では、繰り返しですが、家の中の事だけでもなく、会社のオフィスでも可能だし、どこかのカフェにいる時でも、車の中でも、実質上の場所は関係ないように思います。

 

「暮らし」というのは、凄く馴染みにある、親しみのある感じがあって、心地良く、好きな言葉でもあります。そういう暮らしを大事にして、自由を感じながら過ごしていきたいと思います。