毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けている40代です。

感情としての喜怒哀楽について考える。自由や幸せをガイドする。

人間って、やっぱり感情としての喜怒哀楽が大事なんじゃないかなという事で、今回は、自由や幸せという観点で考えてみたいと思います。

 

順番としては、まず、人は苦しみにのたうち回るという点からお話しします。喜怒哀楽で言うと、ネガティブな感情ですから、怒りや哀しみにつながる感情のように思いますが、肉体的に「痛い」にしても、精神的に「つらい」にしても、とにかくそのような苦しみを避けたい、これが感情に基づいた人の最初の生きる動機のように思います。苦しみは、そのままに放っておくと死につながっていきますから、苦しみを避ける事によって生存が可能になっていくように思います。人間の最初の生存戦略です。苦しみをセンサーにして生存していく。そして、苦しみから解放されて、自由につながっていく。そういう意味で、喜怒哀楽のネガティブな感情が、生存から、解放、自由へと、人間の生をガイドしていってくれるように思います。

 

そして、ポジティブな感情としての喜びです。喜怒哀楽で言えば、楽しいも含まれるポジティブな感情です。でも、この喜びを味わうには、苦しみからある程度解放されて自由になっていないと得られないように思います。苦しみでのたうち回っている間に、いくら喜びが近くにあってもそれを味わうのは難しいです。やっぱり、苦しみの方に強く引っ張られると思います。そういう意味で、喜びは、苦しみから解放されてある程度自由になったのちに、得られるものではないかと思います。喜びは、幸せにつながっていくものです。幸せは、一定の自由が確保されて得られるものだと思います。この幸せが、自由の次のステージとして、生きる動機になり、人間の生をさらにガイドしていってくれるように思います。

 

自由は、解放という意味が含まれています。解放と言うと苦しみからの解放、不自由からの解放というわけですが、人は、自由な状態に放り出されると、何をやって良いか分からなくなります。最初は、自由になりたいという動機で、生存するために必死に生きていく事を可能にするわけですが、ある程度自由に到達するとそこからどうしても良いか分からなくなります。人間にとって、自由の不足は生きるのにつらいですから自由を求めますが、過度な自由も生きるのにつらくなります。ホメオスタシスです。周りの束縛から逃れた自由は、孤独や孤立につながりますが、孤独は自由のうちで、孤独という自由を獲得しても人間はつらくなってしまいます。そこで、幸せです。一定の自由が確保されたら、ポジティブな感情としての喜びや幸せを味わって体験する事で、さらに生きやすくなります。

 

そのような意味で、喜怒哀楽は、まずは自由、次に幸せをガイドする大切な感情だと思います。