毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

サリエンス・ネットワークと瞑想。2人の自分をコントロールするもう1人の自分。

瞑想をはじめておよそ二週間。「新しい習慣を作るには2週間かかる」を自説として唱えている私ですが、瞑想自体の効果が顕著に現れているかというと・・・。瞑想中の多くの時間は雑念というか、思考や言葉や記憶の断片のようなものにまみれています。ですが、ネガティブな感情に気付いてつらさを軽減したり、自分の内面に向き合って振り返りをする事によって自分の自尊心を取り戻したりと、効果がないという事はありません!!でも、正直なところ、瞑想というにはもっと精進が必要なんだろうな、とは思っています。。ですが、瞑想の取り組みに関してはすでに生活の一部になっていて、習慣化は上手くいっています。

 

瞑想をしながら、無意識の、より感情や身体に近いコアな自分と、客観的に観ている自分の2人の自分が存在している事を感じていたのですが、最近注目を集めている青砥瑞人さんの話を参考にすると、脳には、3つのモードがあるという話です。今回は、青砥瑞人の言う3つのモードと瞑想との関連についてお話ししたいと思います。

 

脳モードには、特に意識をしていない、無意識下の状態の神経回路に基づく「デフォルトモード・ネットワーク(Default Mode Network (DMN))」、意識的に注意を向け、思考を司る神経回路に基づく「セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(Central Executive Network CEN)、中央実行ネットワーク)」、この2つのモードの中間となるような神経回路に基づく「サリエンス・ネットワーク(Salience Network (SN)、顕著性ネットワーク)」の3つのモードがあるという事です。とても、興味深いですよね。

 

3つ目のサリエンス・ネットワークが、最近注目されているようで、脳内の顕著なイベントを監視しているとか、上に挙げた2つのDMNとCENのモードの切り替えをしているとか、言われています。監視するとは表現がきついですが、「観ている」という事です。

 

「観る」とは、観音様の「観る」の事で、仏教用語の「観自在菩薩」です。瞑想におけるマインドフルネスの状態では、自分を観ている状態の事で、まさに、サリエンス・ネットワークモードの脳状態で自分のコアの自分、DMNを観ているという事と同様です。瞑想中に、この状況は気付いていたので、とても納得です。脳の状態を、サリエンス・ネットワークのモードに上手に持っていけると、比較的容易に、DMNからCENのモードに切り替えられるという事が、実感として理解できます。

 

フロイトが言った、人間の精神機能の「エス」「自我」「超自我」は、完全にマッチしているかは分かりませんが、この3つ「DMN」「SN」「CEN」に相当しているように感じます。個人的には、フロイト超自我は、ドゥルーズガタリのアンチ・オイディプスの話から、権威的、父性的、社会規範などを象徴して、否定的なイメージを持ってしまうわけですが、これも、CENという人間の脳のモードの1つと考えれば、上手にCENを使いこなすことも大事なように思います。

 

そんなこんなで二週間、メンタルコントロールとして瞑想に取り組んでいるわけですが、まだまだ上手くいっているわけではないものの、感情的に痛んでいたり、余裕が無かったりするDMNや、それをジャッジしてすぐに何とかしようとしてしまうCENがいる事、そして、それらをSNが観ている事も実感できています。もっと瞑想に取り組んで行けば、よりバランスの取れた脳の状態に持っていけるように感じて、とても期待感が高まります。

 

そういうわけで、これからの瞑想に励んでいきたいと思います。