毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けている40代です。

「コミットする」事について考える。仕事・人間関係・趣味。生きているという事。

今回は、人は何かに「コミットする」事が大事なのではないだろうか、という事について考えていきたいと思います。

 

まず、仕事です。私は会社員として働いています。その中で、私は自分が行っている業務にコミットしているわけですが、やっぱり自分の事としてコミットしているかいないかは、仕事のやり易さに違いが出てくるように感じます。自分がやりたい事、やるべき事としてその仕事にコミットできておらず、上司から与えられた仕事とか、誰かに頼まれた仕事で、自分の事としてコミットしていない状態で仕事をするのは苦痛に感じます。なので、その仕事が、自分にとって大事なもの、意味のあるもの、と思えていて、その対象に集中できる状態、その仕事の為に命を懸ける状態に近い状態の方が、良いように思います。

 

そういう事は、人間関係でも同じように思います。特に恋愛の場合は分かりやすいですが、好きな相手を大事にするというのは、コミットするに近いように思います。「コミットする」とはビジネス用語で一般に使われるようですから、人にコミットするというのは、恋愛の場合、ストーカーや相手がこちらを好きでもないのにコミットする、みたいにネガティブな場合を想像してしまうかもしれませんが、根本的には、相手の事を強く大事に思って、相手の為になるように行動しようとするわけですから、コミットするというのは良いように思います。逆に言うと、恋愛の場合、相手の事を好きでもなく、コミットしていない状態では恋愛は成立しません。愛されたい、恋愛対象として良いと思われたいという動機で、相手に特にコミットしていない状態では、その恋愛は上手くいきません。人間関係は基本的に広くこれと同じだと思います。人間関係でも、相手にしっかりコミットする事が良い関係になるように思います。

 

コミットすると言えば、仕事か人間関係かというと、それだけなはずはなく、例えば、趣味と言われるようなものでも、その対象に強くコミットする事はあると思います。コミットせずに、その趣味を趣味としてやっていく事は困難です。趣味ですから、好きでやっているはずです。それに集中していて楽しくて、有意義だからやっているはずです。実際、そのように趣味に夢中になっている時、凄く心地良いように思います。コミットしている瞬間は夢中になり過ぎてその事に気付いていないかもしれませんが、我を忘れるくらいそれに集中しているわけですから、その対象にコミットする事は心地良く良い事のように思います。

 

人が何かコミットするとき、その対象と自分は、単なる客体と主体の関係ではなく、同化した、未分化な状態になっているように感じます。趣味に夢中になっている時、我を忘れています。そこに、自分と対象としての趣味が主体と客体の関係として分離している感じはありません。仕事な場合も基本的に同じです。自分自身がその対象に入り込むことによってまるで同化しているような感じです。

 

恋愛の場合も同じで、恋愛では、自分が相手に依存して同化しているわけでもないし、相手を支配して同化しているわけでもなく、相手にただコミットしているだけです。相手と自分の共同作業で生まれる関係性にコミットしています。関係性という自分と相手との間に生まれた新しい何かにコミットしています。

 

そのような事で、コミットする事について、仕事や人間関係、趣味について考えてみました。コミットしているとは、自分と対象が主体と客体の関係ではなく、同化した未分化状態であり、自分と対象によって新しく創造された何かになっている事だと思います。そのようにする事が、人にとって生き生きとした生を感じる事であり、つまり、生きているという事だと思います。