毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けている40代です。

物語を描きたい。「人」のイラストを描く。

わたしは、習慣として毎日イラストを描いています。もう4か月になります。基本的に描いているのは、魚や鳥で、それらをデフォルトしたようなイラストです。毎日思うように自由気ままに描いています。

私は子供のころから漫画が好きで、小学校の頃などは休み時間などに友達と一緒に漫画を描いていました。ドラゴンボールとか聖闘士星矢とか、ドラえもんとからんまとか、そういうのを参考にして描いて、似たようなストーリーの漫画を大学ノートにひたすら描いていました。ただ、子供の描く漫画ですから上手くも面白くもない、何とも知れないものです。それでも、ただ描くのは楽しくて、毎日のように描いていました。でも、いつしか描かなくなっていました。画力の限界を感じてか、描く時間が無くなったからか、そんな理由だと思います。

そして、最近、イラストを描き続けているのもあってか、漫画を描きたいなと思うようになってきました。ただ、漫画というといわゆる話の流れがありますから、漫画を描くには、壮大な物語を考えないといけないわけで、でも、どう考えてよいかよく分かりません。そして、漫画を描きたいからと言って、小説のように、話の流れのある物語を描きたいのかもよく分かりません。

そんなわけで、漫画を描きたいと思ったわけですが、それはイラストとは違うのか。イラストを描いているから良いのではないかという事に疑問を持ったわけです。私が漫画を描きたいと思ったのは、きっと「物語」を描きたいと思ったからです。そして、その為には漫画を話の流れのある漫画を描くのが良いと思ったわけですが、自分は本当にそのような長い話を描きたいのか、という事について悩み始めました。

「漫画」、「物語」、「話の流れ」などのキーワードが出てきたわけですが、よくよく考えると「漫画を描きたい」というよりか、「物語」を描きたい、という感じで、でも、「話の流れを作りたい」わけではなさそうという事でした。つまり、「物語」を描きたいと思ったわけです。

では、毎日描いているイラストは物語にはならないのか。という事に考えましたが、物語ではないと感じました。鳥や魚では、物語にならないからです。そういう観点から、分かった事は、物語を描きたいとは「人」を描きたいという事ではないかという事です。物語は人からしか生まれない、魚や鳥からは物語は生まれない、そう思いました。

そういうわけで、私の思考の断片をつらつらと書いてわけですが、これからイラストとして、「人」を描こうという事に思い至りました。人は、すでに「人」というだけで、物語を持っています。その人の何かしらの物語を思わせます。想像させます。あらためて、人間って凄いなぁと思いながら、これから習慣にするかどうかは置いておいて、「人」のイラストを描こうと思います。今回はそういう宣言のお話しでした。