毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

人間社会の中で生きる。プログラム化されたものから脱プログラム化する。

人間は、社会のシステムの中で生きています。社会のルールや法にしたがって、社会的人間として、生きています。そのような社会のルールにしたがう事で、みんなで上手くやっていく事ができます。良い社会制度によって、病気になったら健康保険証をもって病院に行って比較的安い金額で治療を受けられるし、警察なども国家のルールに従って市民の生活を支えています。税金のシステムも、国民で税金を国に払う事によって国家を運営して、そこで働く公務員によって上手くシステムが回るようにしてくれています。社会システムはみんなの暮らしが良くなるように機能していて、その恩恵はとても大きいです。ですから、私たちは社会のルールに従っていきているのです。

 

昔は、国家ができた頃、統治者の権力によって一方的にルールを整備して、そのルールに従って生きていました。これを破ると厳しい処罰があったと思います。そのような統治システムは歴史とともに解体され、現在は一部の国を除いて民主制によって、市民一人一人が生きやすいように運営が為されています。ですが、もしこの統治が完全なもので、言い換えると、この統治のための法やルールが完全にプログラム化されたもので、その国に住む市民が完ぺきにそのプログラムを守らないといけない場合、そこには自由は感じられません。生きた心地がしません。なので、いくら社会システムの恩恵が大きいからと言っても、そのルールは上から押し付けられるものでは絶対にダメで、あくまで市民に自由度を持って守られる範囲のルールでないといけないと思います。ルールや法は、人間社会が作った、人が生きるためのプログラムですが、そのプログラム化されたものを完ぺきに従って生きるだけでは、人は生命として生きているとは言えないのです。

 

何故人間は、人間社会を構築して運営していく中でプログラムを作り、そして、そのプログラムの中で生きていく事ができないのでしょうか。プログラムとは、人間が歴史の中で、より良いものにルールを変更して改善してきて作ってきたもので、例えば現代では、民主制や国民主権のしくみなどで作っていますが、それが今の時点で歴史的にも最良のものと思われるのに、それでも、このプログラムの中に押し込められて生きていく事が出来ません。必ずこのプログラムは、未来では書き換えられているはずです。

 

そもそも、人間を含む生命の営みは、プログラム化して、そのプログラムを書き換えて進化するものなのです。人間は他の種と同じくDNAの遺伝情報を持っていて、その遺伝のプログラムにしたがって生きています。人間は、母親のお腹の中で胎児として誕生した後も、脳は発達していきますが、その発達は遺伝子にプログラムされていて、脳は内側から外側に向かって成長していきます。基本的に、人間はプログラム化されていて、そのスイッチが入るとプログラムにしたがって成長していくのです。ですが、成長過程で周りの人間や物理的な環境の影響によって変化していきます。プログラム化されたものにしたがって発達していくともにそれは完ぺきではなく、周りの環境の影響を受ける余地があるのです。この余地があるかないかが生命性に関わってきます。生命性とは、プログラム化されたものの上に、プログラム化されていない変化をしていく事のことです。この余地には自由があります。プログラム化されたものの中から逃れる自由があります。この自由こそは生命性だと思うのです。

 

植物も生命だと思いますが、これらの人間と同様に遺伝情報を持っています。植物は進化の過程で、太陽のもとでの地球の自転や自然環境の影響のもとで、一年を通した季節的変化をします。植物の季節的変化は確かにプログラム化されていて、毎年同じサイクルを繰り返しますが、一つ一つの植物は全く同じサイクルを繰り返しているわけではないし、環境の影響を受けて生きています。進化論でいうところの突然変異によって新しい種の植物は生まれてきましたし、そもそも、花などの植物は蜂などの昆虫の受粉の仕組みがなければ繁殖しないものもいます。明らかに植物自身の遺伝情報に基づく成長とは全く関係なく、昆虫という別の種の営みと関係することで種が遠くに運ばれて繁栄していくという、環境による影響を前提としているわけです。このような環境要因もその種の進化の過程としてプログラムとして取り込んでいきますが、突然変異や環境の変化は常にあり、プログラム化してもすぐに進化していきます。

 

この話は、先ほどの社会の法やルールによるプログラム化と脱プログラム化の話と同じです。このプログラム化と脱プログラム化は生命の営みであり、その間にあるものこそが自由なのです。生命性とは自由の事で、自由の営みによって生命は生命性を維持しているのです。

 

人は、他の生命と同じく、プログラム化された中を生きながらプログラムを変更して生きる生き物です。だから、社会のルールに従って生きていく事は上手くやっていく上で大事ですが、自分たち人間は生命ですから、そのルールに縛られず、自由を求めて生きて言ってよいのだと思います。