毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

変わらない日常を変えたい。習慣を変える・止める・振り返る

相変わらず同じような毎日を過ごしていて、何かを変えたい、変わらない日常を変えたい。そう思う事ってありませんか。私はいつもそうなっています。そして、立ち止まって、自分は何がそんなに変わっていないのだろうか、そしてどう変わりたいのか、自問自答をします。そして、たいてい毎日の習慣について考える事になります。

 

生活を形作っているのは毎日の習慣ですから、習慣を変えていく事が結局変わっていく事になります。そこで、変わらない日常を変えたいという事について、習慣を中心に考えてみたいと思います。

 

まず、言うまでもありませんが、習慣を変えるという事です。私は、本読みや瞑想、イラストを描いたりと、意識的に取り組んでいる習慣もあれば、特に意識せずに行っている毎日の事、歯を磨いたり、食事を作ったり、テレビを観たり、そういう習慣もあります。それらの総合的なもの、連続したものが生活を作っています。だから、これらの一部を少し変更する事で、徐々に日常が変化していきます。例えば、以前に、夜どうしても疲れを感じて一日が回らないという時があって、夜に書いていたブログを朝に書くように変更しました。朝は夜より元気や余裕がまだあって、意外と朝へのシフトが上手くいきました。そして、夜の時間に余裕が出てきて、夜ゆっくり過ごせるようになりました。小さな変化ですが、習慣を一部修正する事によって、少しずつ日常が変わっていきます。

 

また、何らかの習慣を止めるというのもあります。私の場合は、会社で毎日食べていた社食を止めました。その代わり、弁当を作って持っていくようにしました。会社での昼の弁当生活をはじめて一か月になりますが、会社での社食を止めた事で日常が変わりました。弁当を作って持っていくとなると、家で弁当を作る事になるので、夜に弁当のおかずを作ったり、朝にサラダを作ったりと、新しい事をはじめる事になります。習慣を止めると、一日の時間に余裕が出来るので、その時間で何もしないという事もできますが、何かを始める事もできます。習慣を止めるというのは日常を変えていくのに効果的です。

 

そして、日常を変えるという事に関して、変えようとする前に、ここ最近の日常や習慣を振り返るという事です。本当に日常は変わっていないのか、毎日の変化を丁寧に観ていないのではないか。日々余裕なく過ごしていると、ちょっとした変化を見逃して、また、分かりやすい変化ばかり求めて、何も変わらないように感じてしまいます。自分の日常をよく見直してみたら案外変化していますし、日々の瞬間瞬間も変化しています。その変化に、喜びやさらなる変化の可能性があるのに、見逃すというのは勿体ない事です。例えば、今日はずっと作っていなかったおでんを作って食べたとか、久しぶりに友人と電話したとか、自分の体重が減ったきたとか、何気ない変化はけっこうあります。それらがさらなる変化の糸口になります。

 

人は、実際、幻想を頭の中に抱いていますから、その幻想の世界を劇的に変えたいと思って、その為に日常を変えようとし、思い切った無茶な事をして変わろうと思ってしまいますが、そうではありません。日常をよく観る事が大切で、小さな変化はいっぱいあるし、日々色んな事が変わっています。それらを振り返って見直す事で、あらためて日々の習慣をどうしようか、この習慣を変えようとか、あの習慣は止めようとか、色々と変えていく手が出てきます。

 

私もいつも余裕なく、変わらない日常を変えたいと思ってしまいます。そういう時はいつも日々の習慣について考えたり、日々の瞬間を丁寧に観ようとしたりしています。そして、今も、小さな変化を見逃していないか、振り返ろうとしています。