40過ぎでも進化する為の実践ブログ

りべしんと言います。40半ばを迎えたサラリーマンが、今からでも進化できると信じて日々考えて実践している事を書いています。

習慣と進化。創造性や人類史の観点から考える。

私は、このブログでもキーワードにしていますが、習慣と進化を重要視しています。常に、習慣を作ってそれを続けていて、少しずつ改善して新しい習慣に取り組みながら、進化していく、そのようなプロセスです。

 

ですが、習慣で行うプロセスと、進化していくプロセスは、必ずしも同じ方向を向いている様には思えない事があります。創造性=クリエイティビティという観点から、進化していくプロセスは、創造性の繰り返しの部分がありますが、日々行っている習慣は、創造する事を直接行っている行為とは違います。

 

こういう事もあって、今回は、創造性という観点で習慣と進化という事について考えてみたいと思います。

 

習慣とはどういうものかというと、自分の毎日の生活を形作っている営みです。ある時間に朝起きて朝の支度をしたり、外出して出かけたり、帰宅して夕食を食べたり、ある時間にベッドに入って眠りについたり、そういう1日を構成している行為です。習慣は、毎日継続する事によって、歩行が意識せず出来ているように、自動的に自然にできる行為になります。だから、色んな事を習慣化できると、その事が自然に低い労力で取り組めるようになるので、一定のパフォーマンスを出す事が出来ます。また、習慣は、自然なものとして定着するのに、脳神経の記憶化のメカニズムと同様に、繰り返し行う事が大切で、時間がかかります。毎日野球の素振りをやっているとスイングが身体に定着して、良いスイングに定着していって、実際に実践でも打てるようになっていきます。だから、習慣化で目指されるものは、取り組んでいる事を、特に考えずに、自動的に自然に、実践できるようになる事にあります。

 

一方、進化とは何かと言うと、変化していく事です。変化していかないものは進化とは呼べません。だから、習慣という観点から、例えば毎日当たり前のように行っている習慣を、特に改善したり変化させたりしなければ、進化する事はありません。

 

その意味で、習慣そのものは、クリエイティビティな行為ではありません。一方、進化とは常に新しい変化していく事ですから、クリエイティビティが欠かせません。新しい創造によって進化が起こります。ここで、習慣と進化とで、私がどちらを目指しているかというと、進化です。そして、その為に必要な事は創造性なわけです。

 

では、何故習慣を重要視しているのでしょうか。それは、結論から言うと、習慣は人間の方法であり、人間の営みの基本だからです。身体の仕組みや脳の仕組みから成り立っているものだからです。逆に言うと、自分たち人間の方法から逸脱した、理に適っていない方法で進化を試みても、進化は起こりません。なので、進化に必要な創造性も、習慣を基礎としていなければ、起こりません。なので、習慣と、創造性や進化の関係は、習慣を修正して、改善して、変化させていくという、プロセスで連続しています。この修正、改善、変化が間になければ、習慣から創造、進化にはつながりません。それが人間の方法だと思っています。

 

人間には、その性質上、順番と言うものがあって、習慣という基礎が出来て、その上でその基礎に創意工夫を加えて、改善して、それによってはじめて創造性が生まれて、その結果進化するものだという事です。

 

それは、人類の辿ってきた歴史と同じです。私は、個体としての人間の営みと種としての人類の営みをアナロジーとして捉える習性というか、そういう思考の方法が好きなのですが、人類の進化の歴史、創造の歴史、は、人間のそれらと類似した仕組みになっているし、習慣も同じです。ある国家の形成には、ある言語や文化の定着があるし、ある社会や企業体も同じです。でも、ある時、それらの文化は革命的なものも含めて進化が要求されます。国も形を変え、企業もその営みによって資本主義社会の形成に寄与しています。

 

そのような事で、私自身、習慣と進化という事を重視して、現在もそうした日々を実践してきましたが、それらの重要性は依然として変わっていません。進化に重要な創造性は、習慣そのものとは違うものの、習慣から創造への連続性が進化を推し進めます。なので、習慣と進化は一見その取り組みで目指しているものは違うものの、セットで進めていくものだと思っています。