毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

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「失敗を恐れずに挑戦する事」の意味とプラグマティズム

よくスポーツ選手が、「失敗を恐れずに挑戦することが大事」と言いますが、どことなく本質をついているんだろうなと思いませんか。私は思います。確かに振り返ると、これまでに挑戦したことは、自分の人生にとって良い事だったように思います。もちろん挑戦して上手くいかなかったこともありますが、それによって得た何かはあったし、挑戦していなかったら何も得られていなかったと思います。今回は、この「失敗を恐れずに挑戦する」事について考えてみたいと思います。

 

この「失敗を恐れずに挑戦する」について、逆に「失敗を恐れて挑戦しない」という事を考えてみます。失敗を恐れて挑戦しないわけですから、する事は失敗しない事をするという事です。失敗しない事とは何でしょうか。確実にできることです。過去にやったことがあってすでに出来るようになっている事です。やって出来たことだけをやれば確かに失敗しません。できることですから。しかし、出来る事だけをやってもそれだけなので、新しいことができるようになりません。したがって、この戦略では、ずっと新しくできることが増えないわけですから、成長できないし、変化しません。変化のない日々を過ごすことになります。変化しない人間なんてあり得ませんから、やはりどこかで新しい事をやっているはずです。偶然新しいことをする事になってできるようになったとか、そういう場合でしょうか。偶然に任せて変化していく。もしくは、世の中は常に変化していますから、世の中に適応し続けていたらそれに合わせて変化していくのかもしれません。自ら挑戦していないだけで、環境に合わせて変化するというわけです。変化する、進化する事は、人間にとって生きていく中で自然に起こることですから、この過程で挑戦をしないというのはむしろ難しいくらいです。

 

では挑戦とは何でしょうか。これまでに出来なかった事や、これまでにやったことがなくてできそうにないことをやってみることです。できるかどうか分からないことですから、成功するかもしれませんけど、失敗するかもしれません。挑戦を続けていたら、確率で考えると、必ず失敗します。結局、挑戦するとは、失敗をするかもしれないけど、挑戦するという事です。失敗は怖いですから避けたいものですが、挑戦をしないと人間は変わることができませんから、結局、失敗するかもしれないけど挑戦することが大事だという事になります。

 

挑戦とは、新しいことをすることです。19世紀から20世紀にアメリカではじまったプラグマティズムの精神は、そのまま資本主義経済社会の根本の精神となり、今に至るまで有効に機能しています。プラグマティズムとは、これまでの地続きの現実から、存在していない未知の未来へ、連続させることです。未知への跳躍です。これまでなかった事を現実にしていく事です。物事の真理を向かって、人の信念により、これまで人類が積み上げてきた事実や知識の上に、新たな真実、真理を積み上げる連続性の思想です。世の中の現実は、連続しているのです。不連続な未知の空間へは飛び出せません。それでも、そこに真実があると信じて現実の空間から未知の空間に橋渡しをするように結合させるのです。これがプラグマティズムであり、挑戦です。プラグマティズムの精神が、現在の世の中を推し進めている原動力だと捉えると、まさに人類は挑戦によって人類の現在を切り開いてきたのです。その意味で、挑戦は人間が進んでいく本質と言えます。

 

スポーツ選手は、確かなものを持っています。確かにプロ野球選手のトップの投手は160kmの球を投げます。短距離走トップランナーは100mを10秒切って走ります。確かな事実です。でも、これらの記録は達成されるまでには未知の領域です。プラグマティックな挑戦無くしてこれらの偉業はありません。だから、「失敗を恐れずに挑戦する事は大事」である言葉は、人類を突き動かしてきたプラグマティズムの観点からも真実と言えます。