毎日の哲学の断片をつづるブログ

日々哲学することを習慣とし、思考と言葉をつづる

人間は真理を追究する生き物

人間は、昔から真理を追究してきました。歴史的に見ても、どの地域にも真理を追究してきた人が多くいます。

 

そして、確かに多くの知恵が残され、実践されてきました。その意味で、人類は時間をかけて少しずつ豊かになってきたと言えます。

 

ですが、それでも、明らかになっていないことは多くあります。

 

歴史的に、ある段階で、科学の取り組みが始まって、より真理を追究することの重要性を高め、そして、明らかにしようとするさらなる実践を続けてきました。

 

現代社会において認識できるように、科学はいまだに実効性があり、真理を追究する方法として、最も有効なものと見做されています。

 

それでも明らかになっていないことはたくさんあります。科学の考え方に基づけば、科学的に明らかになったと思ったことも、さらなる解明によって覆すということは十分にありうるわけで、確定的な真理というものはないという態度は、科学的と言えます。

 

一方、人間が幸せになるにはどのように生きるべきか、人類はどのようにしたら平和に共存できるか、といったことも昔から考えられ、追究されてきましたが、明確な答えは得られていません。

 

ですが、それでも、それらを明らかにしようと、人々は追究を続けているのです。

 

人間には、明らかにしたい、知りたい、という知的好奇心があります。真理を追究したいのです。

 

実際、現在進行形で、今でも、あらゆることが明らかにされ続けています。

 

昔の人たちが知らなかったことを、現代の人たちは普通のこととして知っていることはたくさんあります。明らかになったことは増え続けているのです。

 

それでも、未知のことはたくさんあります。未知のことは、あらゆることが明らかになってもなお増え続けています。

 

人間は知的好奇心が旺盛ですから、未知のことがたくさんあっても、それらを究明することは止めません。

 

そもそも、未知であることは不安であり、そのままで放っておくことはできないのです。未知のものを未知のままにしておくことは、人間にはできません。

 

明らかにしなければならないのです。今すぐ明らかにできなくても、時間をかけていつの日か明らかにするのです。

 

真理を追究しても、追究し尽くすということはありませんから、人間が存在している限り、ほぼ永久に真理は追究され続けます。

 

真理を追究するということは、人間の基本的な営みです。

 

人間は、食べ物を食べ、睡眠をとるようにして、真理を追究し続けていくのです。