わたしたちは、環境の中にいます。環境の中にいながら環境とともにあります。わたしたちの身体が環境と切り離されていることなんてありません。
常に環境の影響を受けながら、同時に、自分自身も身体を通じて環境に関わっています。
ユクスキュルの環世界の観点から、全ての生き物は環境の中にいながら同じ環境の体験をしているわけでなく、また、環境に基づいた世界を生きているのではなく、自分たちの持つ知覚や認知の特性によって、独自の環境世界を作り上げ、生きていると言えます。
ですから、わたしたちが、どのように自分を取り囲む環境を知覚し、認知するか、つまり、どのように感じ、どのように考えるか、が、わたしたちがどのような世界を生きているかを決める、ということです。
どのような物理的な環境に住んでいるかは、わたしたちがどのように生きるかに大きく影響しますが、そのことに単に受け身的に生きていく必要はありません。
その中にあって、それと一体となりながらも、わたしたち自身が何かを考え、どのように感じるか、そのことが、実は自分を取り囲む環境との関わりを変えていくということです。
わたしたちの知覚は受動的ではなく、能動的なのです。自分の内側から少しずつ知覚する性質を変容させていけるのです。
知覚が変わればわたしたちの世界は変わります。
全知全能ではないわたしたちは、わたしたちの偏った知覚によって作り出された世界を環境として生きているのです。
認知という主体をもつわたしたち人間は、自分たちの内側から環境に対する関わり方を変えることができます。取り囲む環境が変わらなくても、それに対する関わり方を能動的に変えられるということです。
わたしたちの内部には、感情があり、想いがあり、信じるものがあり、大切にしたいものがあります。曖昧なものを明確にする仕組みを持っています。
内部にある想いを強くして、それを明確な形にしていくことによって、少しずつ環境に対する知覚が変容していくのです。
環境は単にそこにあるのではなく、自分との関わりがあって成り立っているのです。環境と自分は切り離されていません。
環境はいつだって自分に対して関わる準備をしています。関わろうとしています。関わりを待っています。
そして、わたしたちもそれに備えることができます。積極的に関わることができます。環境がわたしたちに与える力は大きいですが、わたしたちが環境に与える力も大きいのです。
自分の中に秘めた想いは、環境との関わりを変えていくのです。