毎日の哲学の断片をつづるブログ

日々哲学することを習慣とし、思考と言葉をつづる

この世の中では、人は自分の活動をすることに意味がある。

この世の中は、人々の活動によって支えられています。多様な人々の多様な活動によって支えられ、成り立っています。ですから、本質的には、自分なりに活動をすることが重要だということになります。

 

この世の中は、経済活動と観点から見ることもできて、お金が重要な役割を果たします。お金が経済活動における媒体として機能し、より良くお金が循環することが、経済システムにおいて重要です。

 

だから、お金は一か所に集められてただそこに置かれているだけではあまり意味がなくて、常にお金は流動的であることが望ましいということです。

 

世の中の必要なところに、すぐにお金が動くことが大切です。人間は、お金が動きやすくなるとそれとともに動きやすくなります。お金は水のようにさらさらしていることが大切なのです。

 

結局は、この世の中は人が人に何かをして支えているわけですから、人が動かないことには何も始まりません。

 

人が動くとは、単に身体を使って動き回ることだけを指しているわけではなくて、人間のあらゆる活動を含みます。あらゆる活動を含む方が、より柔軟な世界と言えます。

 

インターネットはその意味で、人間の活動を多様にする非常に有用なシステムです。

 

お金がお金としての機能を果たし、その機能が高まれば高まるほど、人は様々な活動がしやすくなります。

 

世界がつながればつながるほど、誰かの活動が、他の誰かの役に立つ確率が上がります。人間も元々多様ですから、多様な人々がそれぞれ自分の思うように活動をすれば、それは、巡り巡って他の誰かのところに届けられる可能性があります。

 

お金は、潤滑油であり、媒体であるわけですから、多様な人の活動で支えられるこの世界は、お金という媒体によってより良く回るようになるのです。

 

お金はこの世界にとって重要な媒体なのです。

 

仏教では、このことを、「縁起」の概念で説明することができます。

 

この世の中は、人々が互いに支え合い、関係しあうことで成り立っています。ありとあらゆる関係性が縁起であり、人々が活動することがこの世の中にとっては重要なのです。

 

お金は縁起の世界においては、その媒体です。縁起とは広い意味では媒体であり、その媒体の一部としてお金があるのです。

 

人はそもそも多様であり、そして、お金は十分にその機能を発揮しているわけですから、人はただ、自分の活動をしたらいいのです。

 

何も大袈裟なことではありません。自分にできることが自分の活動であり、それ自体がこの縁起の世の中においては意味があるのです。