「選択する」と言うと、目の前にあるもの「A」と「B」のどちらを選択するかということ思い浮かべますが、そう簡単ではありません。
一度Aを選んでみて、それを使ってみて、その後、Bも使ってみて、気が付いたらBを使っている。Aではなく、Bが定着している。そういうことがあるということです。
テクノロジーの発展は目覚ましく、次から次へと新しい製品が生まれます。色んなものが提案され、人々はそれらを選択し、使ってみることができます。
それらがどんなに魅力的で、良いものだと思っても、使ってみるとそうでもなくて、その製品は売れなくなったり定着しなかったりすることは日常茶飯事です。
製品に限った話でもなく、スタバやコメダなどの喫茶店が町にはたくさんできていますが、一方で、コーヒーはコンビニでもどこでも手に入ります。自動販売機でも美味しいコーヒーを飲むことができます。
ドリップコーヒーについても、豆の量、挽き方、お湯の温度、お湯を注ぐ時間と時間間隔、データ化されたプロセスによって、今やコーヒーはかなり美味しく淹れられるのです。
ですが、人は自宅でコーヒーを飲もうとします。粉状のインスタントコーヒーをお湯に溶かして飲む場合もあれば、コーヒー豆とハンディタイプのコーヒーミルでコーヒーを淹れて飲む場合もあります。
コーヒー文化は発展が細部にわたって目覚ましいですが、人々がどのようなコーヒーを選択するのかはわかりません。1つのものに定着するとも言えませんし、今後どのような発展をしていくかもわかりません。
コーヒーを飲むということに関するさまざまな文化が提案され、試され、その中のどれかを選択しつつも、気が付いたらもうひとつの選択をしている。そんなこともあるのです。
人は目の前のことで、AかBかの選択を迫られるわけですが、結局は長い時間をかけて、ゆっくりと吟味し、気が付いたら最初の選択とは別の選択をしている場合があるのです。
人のライフスタイルや文化は、さまざまな形があります。さまざまな選択肢があって、試行錯誤があって、ゆっくりと選ばれていきます。何らかの文化が定着していきます。
目の前に提示されたときは、どの選択が良いのか分かりません。しっかり吟味してAを選んでも、気が付いたらBを選んでいるのです。
要因はひとつではありません。ふたつでもないかもしれません。選択するときには全く見えなかった第三の要因が選択を決定するのかもしれません。
あるいは、全く異なる要因が後から加わるのかもしれません。
そのようなプロセスを経ながら、人はゆっくりと選択するのです。