毎日の哲学の断片をつづるブログ

日々哲学することを習慣とし、思考と言葉をつづる

ジャーナリングで自分と対話する。

自分と向き合うのに便利なのは、やっぱりジャーナリングです。

 

ただ何もせずに、自分の頭で考えていろいろと想像しながら自分と向き合うことも出来ますが、ジャーナリングによって自分が考えていることを言葉として書き留めていくと、自分と向き合いやすくなります。

 

自分と向き合うには、そのための時間を作り出すことが必要ですが、文章を書いていると、その行為とともに時間が作り出されるので、ちょうどいいのです。

 

とにかく何でもいいから書いているうちに、自分の感情に引っかかる言葉が出てきます。そのうちに、自然と書いている自分の文章と会話をしていく感じになるのです。

 

自分が今思っていることをノートに書いていくと、そこに書かれていることは自分が書いた文章であり、自分がそこに映し出されているわけです。同時に、書く自分がいるのです。

 

書く行為をしている自分と、時系列的にはほんのちょっと前にノート上に書かれた自分が向き合っているわけです。

 

何かを思っていることが映し出された自分(の言葉や文章)に向かって、書く行為をしている自分が何かを書いていくのです。それは対話に似ているわけです。

 

そして、映し出されていく自分(の言葉や文章)を見る(読む)ことで、自分を知ることができるのです。さらに文章を書き綴っていくことで、自分では気づいていなかった自分がそこに現れ、発見されるわけです。

 

これを続けていると、自分との関わりが深くなっていきます。自分のより深い部分に触れられるようになります。

 

言葉が、自分ともう一人の自分との関係を媒介してくれるのです。

 

言葉は翻訳という側面もありますから、自分ともう一人との間で、翻訳の機能を果たしてくれるのです。

 

自分の目は顔の前面についています。人間は目からの情報を頼りにすることが多いので、鏡を見ない限り自分を見ることはありません。

 

だから、普段の生活では、案外自分と向き合っていないのです。それはその通りです。毎日色んなことをしていますから、自分と向き合う時間なんてありません。

 

ですから、ジャーナリングをするのです。ノートに向き合って何かを書くのです。書いているうちに、そこにもう一人の自分が現れます。映し出された自分(の言葉)と対話をするのです。

 

きっともう一人の自分は何かを感じていて、何かを抱えています。また、何かを考えていて、何かを知っています。

 

そういったことを自ら聞いてあげるのです。ジャーナリングは自分と対話をすることができるのです。