人間は、何かを解き明かしたいという欲求を持っています。よく分からないことに出くわしたときに、その分からないことを分かるようにしたいです。
そのことを知的好奇心と言うのかもしれませんが、そんな大げさなことでもなく、単にそれを知りたいです。
それを知ることで何かができるようになる、そういった実用上のこととは関係なく、直接的に、分かりたい、知りたい、という欲求があるのです。
人間の脳は未知の状態を嫌がります。分からない状態にストレスを感じて、それを明らかにしたいのです。明らかにすることで、ストレスから解放されるのです。
もちろん、同時に、喜びももたらされるのです。何かを知って、ものごとが明らかになったとき、快の感情がもたらされるのです。
世の中は、特に何かを明らかにしなくても、やってみてそれで新しいことはたくさん生まれます。創造は、解明に基づかなくても、生まれることはあります。
ですが、解明に基づいて新しいことが生まれることもあります。むしろそのほうが多いかもしれません。
創造に価値があるということであれば、解明はそれに役に立ち、手段になります。
一方で、世の中にとっては、解明することそのものにも価値があります。この世の中は、まだ分からないことだらけです。科学は進み、地球は探索し尽くしたと思うかもしれませんが、未知なものだらけです。
何かが分かれば、それが何らかのピースになり、ピースが集まれば輪郭が浮かび上がって、今まで見えなかったものが見えてきます。
また、明らかになったピースは足場になります。さらに足を伸ばす、開拓していくための足場になります。人は、明らかにしたことを次の一歩にするのです。
それは、理屈でそのように推し進めてきたわけではないのです。人間には「分かりたい」「知りたい」という欲求があって、その力で明らかにしたことを足場にして、新しいことを生み出し、新しく開拓してきたのです。
人間の性質によるということです。
何かを知りたい、何かを解き明かしたい、それ自体が人間の欲求です。人間自身に解放をもたらし、喜びをもたらすのです。
その対象は何でもいいのです。対象は何であれ、人は自分の好奇心を原動力にして、知ろうとするのです。解き明かそうとするのです。
解き明かしたものが実は間違っているということもあります。それでもいいのです。たとえ間違っていても、またその謎を解き明かそうとするのです。
人間は、解き明かそうとする欲求を持っているのです。